鈴木彩艶、PSG行き消滅→ヴィラ移籍の顛末 このステップアップで欧州のエリートGKに

片野道郎

現地時間8月19日にアストン・ヴィラへの移籍が決定。鈴木は世界最高峰のプレミアリーグでどんなパフォーマンスを見せるのか 【Photo by Image Photo Agency/Getty Images】

 鈴木彩艶の新天地が決まった。一時はパリ・サンジェルマンと契約後、ユベントスにレンタルされるのが決定的と見られていたが、最終的にはアストン・ヴィラと5年契約を結び、新シーズンはプレミアリーグでプレーすることになった。紆余曲折の末に決着した日本代表GKの移籍。現地報道をもとにその顛末を見ていく。

※1ユーロ=現在のレートで約185円

3クラブのいずれにとっても鈴木はほぼ理想の選択肢だった

 8月19日(現地時間、以下同)、英プレミアリーグのアストン・ヴィラが、伊セリエAのパルマから日本代表GK鈴木彩艶を獲得したと正式に発表した。ワールドカップ(W杯)期間中からほぼ2カ月にわたり、ヴィラはもとよりユベントス、パリ・サンジェルマン(PSG)という欧州のトップクラブを巻き込んで続いてきた争奪戦、そしてとりわけそれをめぐって繰り広げられたメディア報道の狂騒曲に、ようやく決着がついた格好だ。

 国内リーグとしては欧州最高峰であるプレミアリーグ、しかも近年は「ビッグ6」に割って入る存在となり、昨シーズンのヨーロッパリーグで優勝を飾った強豪クラブに、セリエA下位のクラブでプレーしていた23歳(移籍決定の2日後の8月21日に24歳に)の若手GKが正守護神候補として迎え入れられるというのは、それ自体異例のことだ。鈴木はこのステップアップによって、ごく限られた欧州エリートGKへの仲間入りを果たしたと言ってもいいだろう。

 それにしても、この2カ月を通して鈴木の移籍先(とされたクラブ)が二転三転し、決まったかに見えた移籍が流れ、さらにまた浮上するといった紆余曲折が続いた理由は、いったいどこにあったのだろうか。結論から言えば、ヴィラに加えてPSG、ユベントスという3つの欧州強豪クラブのGK事情に巻き込まれ、複雑に絡み合った各クラブの思惑に振り回された結果、ということになる。

 この3つのクラブはいずれも、正GKをめぐるそれぞれの事情を抱えていた。ユベントスはミケーレ・ディ・グレゴリオのパフォーマンスに満足しておらず、新たな正GKの獲得に動き始めていた。PSGは昨夏に正GKとして獲得したリュカ・シュバリエが途中からマトベイ・サフォノフに定位置を奪われていた。ヴィラも、33歳を迎えたエミリアーノ・“ディブ”・マルティネスの移籍可能性を見据えて後釜候補を探っていた。そしてそのいずれにとっても、鈴木は間違いなくほぼ理想の選択肢だった。

 しかし、いざ獲得に踏み切ろうとなったときには、財政的な問題(ユベントス)や編成上、さらには鈴木自身のキャリアプランとのマッチングの問題(PSG)から、クラブ間の調整事案が発生し、それが解決に至らないがゆえに話が進まない、という状況が繰り返された。

 以下で詳しく見るように、最終的にヴィラへの移籍で決着するためには、鈴木側とPSGの合意が破綻し、ヴィラがマルティネスの放出が決まらないまま鈴木獲得に踏み切るという、半ば強引な「リスクテイク」が必要だった。

ヴィラはW杯前の段階で鈴木をリストアップしていた

ユーベが一番欲しがっていたマルティネスは現時点でまだヴィラに所属している。このアルゼンチン代表GKの処遇は…… 【Photo by Gareth Copley/Getty Images】

 そもそも、この夏のGK市場が動き出すきっかけとなったのは、鈴木よりもむしろマルティネスの方だった。前述の通りディ・グレゴリオのパフォーマンスに不満を持ち、新たな正GKの獲得をもくろんでいたユベントスが、第一候補に挙げて獲得に動いたのがマルティネスだったからだ。

 すでにW杯が始まる以前、6月半ばの段階でユベントスとマルティネスの間には移籍の合意が成立しているという報道もあった。イタリアの『ガゼッタ・デッロ・スポルト』、スペインの『ムンド・デポルティーボ』といったメディアは、その後継候補としてアレックス・レミロ(レアル・ソシエダ)や鈴木の名前が挙がっていると報じている。つまり、ヴィラはすでにこの時点から、鈴木に関心を持ちマルティネスの有力な後釜候補にリストアップしていたことになる。

 7月に入ると、イタリアの『トゥットスポルト』が、ユベントスはマルティネスと年俸500万ユーロ+ボーナスの3年契約で合意していると伝え、W杯が終わった7月半ば以降、ユベントスとヴィラのクラブ間交渉が本格的に進んでいくことになる。ただ、ユベントスが提示した移籍金は600~700万ユーロと、市場評価額(transfermarktによれば1200万ユーロ)と比べても低い数字で、ヴィラがこれをのむ可能性は低かった。

 こうしてユベントスは7月半ばすぎから、それと並行してパルマとの間で鈴木の獲得交渉にも着手する。この時点ですでに、最終的にユベントスが獲得することになるグリエルモ・ヴィカーリオ(トッテナム)も候補としてリストアップされていた。

 当時すでに広く報じられていたように、パルマが鈴木につけた値札は3000万ユーロ~という、当時の市場評価額(同2000万ユーロ)と比べるとやや割高感を感じさせる強気なもの。しかし、23歳という年齢とポテンシャル、トップレベルのGKとして希少性の高いプロフィール(ハイボールに強い、ビルドアップ能力が高くロングキックが正確など)を考慮に入れれば、十分に正当化できる値付けだったことも確かだ。

 しかしユベントスには、この6月末にUEFA(欧州サッカー連盟)との間で締結したばかりのファイナンシャル・サステナビリティ・ルール(FSR=旧ファイナンシャル・フェアプレー)に基づく和解協定によって、今夏の移籍収支をプラスに保つことが義務づけられているという事情があった。すでに前線にランダル・コロ・ムアニ(PSG)、ケリム・アライベゴビッチ(レバークーゼン)という2人のアタッカーを獲得していたこともあり、パルマの要求する3000万ユーロに応じるだけの余力、意欲は乏しかった。

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著者プロフィール

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。2017年末の『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)に続き、この6月に新刊『モダンサッカーの教科書』(レナート・バルディとの共著/ソル・メディア)が発売。

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