愛と哀しみのスワローズ

「今日、打っても不思議じゃない」村上宗隆56号の直前に感じた変化 髙津臣吾が見届けた“普通の高校生”から三冠王への成長

髙津臣吾

22年、史上最年少三冠王に

 22年10月3日のシーズン最終戦、日本中が見守る中でムネはシーズン56号を放った。長年破られなかった王さんの55号を日本人打者として初めて更新した偉業だった。

 この日のことはよく覚えている。

 朝、ムネと顔を合わせたとき、バッティング練習を見ているとき、いつものように他愛ない会話をしたとき、前日までとはちょっと違うリラックスした雰囲気を感じた。僕はバッティングのことはよくわからないけれど、前日の阪神タイガース戦を休んだことで、すごくリラックスできたように見えたし、よく打っていた頃と同じようなスイングに戻っていたような気がしたのだ。「今日は打ちそうだ」という確かな予感があったわけではないけれど、「今日、打っても不思議じゃないな」とは思っていた。

 もちろん、相手のあることだから、いいところに投げられればどんなに調子がよくても打てないかもしれないけれど、心身ともにコンディションはいい感じだったので、「可能性はあるな」とは思っていた。

 そして、この日の第4打席のことだ。シーズン公式戦最終打席となったこの打席で、横浜DeNAベイスターズの入江大生投手の初球を強振すると、打球はあっという間にライトスタンド中段に飛び込んだ。

 日本人登録選手および左打者によるシーズン最多新記録となる56号である。55号を達成してから14試合、61打席ぶりの一発だった。

 さらにこの瞬間、ムネの三冠王が確定した。打撃三部門の最終成績で、いずれもリーグトップとなった。打率・318、56本塁打、134打点で、首位打者、本塁打王、打点王
の三冠である。1982年、当時28歳だった落合博満さんの記録を抜いて、NPB史上最年少となる22歳での三冠王、令和初の偉業を成し遂げたのである。

 本当に見事な活躍だった。こんなにも人は一気に成長するのか? 当時の僕は、そんなことを感じていた。前述したように、プロ入りした当時の印象は「素直な普通の高校生」だったムネが、そこからわずか4年で、すでにリーグを代表するスラッガーへと成長した。

 この頃には早くも大打者の風格が漂い始めていた。

 先輩選手への接し方も堂々としていたし、人数は少なかったけれど、ムネよりも年下の選手に対しては親身になってアドバイスをしていたし、マスコミやファンの人たちに対する接し方も、スター選手のそれに変わっていた。

(人間は、こんな短期間で一気に成長するんだな……)

 僕は、ムネからそんなことを学んだ。

書籍紹介

【画像提供:KADOKAWA】

「絶対大丈夫」「チームスワローズ」
言葉を武器にした監督の真意

山田哲人、村上宗隆、青木宣親、塩見泰隆、長岡秀樹、奥川恭伸、高橋奎二、石川雅規、マクガフ、つば九郎 etc……戦友たちへの本音も収録!

最下位、日本一、リーグ連覇、3年連続Bクラス…酸いも甘いも噛み分けた指揮官の真実

ユニフォームを脱いだ今だからこそ話せることがある――。

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