批判を浴びても「3番・山田、4番・村上」を変えなかった理由 6年間の後悔と誰もいない監督室で迎えた“終わり”
言葉を武器にした監督の真意
山田哲人、村上宗隆、青木宣親、塩見泰隆、長岡秀樹、奥川恭伸、高橋奎二、石川雅規、マクガフ、つば九郎 etc……戦友たちへの本音も収録!
最下位、日本一、リーグ連覇、3年連続Bクラス…酸いも甘いも噛み分けた指揮官の真実
ユニフォームを脱いだ今だからこそ話せることがある――。
髙津臣吾著「愛と哀しみのスワローズ」から2025年シーズンの一部を抜粋して掲載します。
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「変えてはいけないこと」と、「変えねばならぬこと」
キャプテン、四番打者、エース、そしてクローザー――。
チームには、監督が、「こいつに任せて失敗するなら、それは仕方がない」と思える存在が必要だ。クローザーとの心中を覚悟するように、彼らと運命をともにすることこそが、チームを導く監督としての腹の括り方だった。「今日は君、明日は君」と日々ポジションを変えるような安易な起用では、真の責任感は育たない。変えてはいけないものとは、そうした「骨組み」のことであり、つまりは「信頼感」だった。
一方で、僕がずっと抱えていた、「何かを変えなければならない」という焦り。それは、組織としての刺激の欠如にあったのかもしれない。
振り返れば、この3年間、チームはあまりにも動かなかった。
首脳陣の構成も、編成の戦略も、よく言えば「安定」かもしれないけれど、裏を返せばそれは「マンネリズム」でもあった。野球の内容も、メンバーも、環境も、常に細かく変化し続けるのがこの世界の常だ。「去年と同じことをしていれば、今年も同じようになるだろう」という甘えはなかったと断言できる。けれども、結果的にこうした停滞を招いてしまったということは、やはり甘さがあったのだろう。
チームを活性化させるための人事の刷新、刺激を与えるための編成。そうした「動き」を、もっと大胆に起こすべきだった。変化に対応するのではなく、自ら変化を作り出すことこそが、強いチームを作り上げるためには不可欠だったのだ。
同じことの繰り返しは、結果として停滞を意味する。現状維持では成長はない。もし、もう一度監督としてチームを預かることができるのであれば、もっと積極的にチームを揺さぶり、血を入れ替えるような荒療治をするかもしれない。
組織というのは、うまく回っているときほど怖い。駒はそろっているのに、なぜか勝てない。その正体は「澱(よど)み」だ。変化のない組織は、どんなに優秀な個が集まっても、硬直化してしまう。故障者が続出し、いろいろなオプションを試すことができなかった。それは事実ではあるけれども、あのとき、僕がもっと大胆に風を吹かせていれば、違う景色が見られたのかもしれない。ついつい、そんなことを考えてしまうこともある。
結局のところ、勝負にまったく同じ状況など一度も存在しない。対戦相手も違えば、相手のコンディションも異なる。ピンチなのかチャンスなのか、リードしているのか、ビハインドなのか、対戦場面も違うし、球場の天気、気温、湿気も常に違う。だからこそ、野球というスポーツにおいて、過去の成功体験に縛られることは無意味なのである。
「変える勇気」と「守る矜持」――。
その二つのバランスを取ることこそが、監督生活6年間において、いつも意識してきたことだった。自分のできることは精一杯やった。そんな自負はある。けれども、同時に「もっとやりようがあったのではないか……」、そんな思いも強いのが本音だ。