スカウトが振り返る、あの年のドラフト指名

「3巡目でいけると…」幻に終わった“巨人・柳田悠岐” 千賀滉大を指名しなかった理由 元巨人スカウトが明かすドラフト秘話

永松欣也

千賀(左)と柳田(右)は巨人も狙っていたが、ソフトバンクに獲られてしまった 【写真は共同】

 毎年多くのドラマを生むプロ野球ドラフト会議。あの年の1位はどのようにして決まったのか? あの選手をどのように評価していたのか? あの選手はなぜ指名しなかったのか?

 2000年から2016年まで巨人のスカウトを務め、数多くの名選手を指名してきた藤本茂喜氏に、選手指名秘話やドラフト舞台裏などを振り返ってもらった。

「勝つなら澤村ですよ!」

早大・斎藤佑樹が話題になっていた2010年に巨人が1位指名したのは中央大・澤村拓一だった 【写真は共同】

 原監督の下でV3を達成した2009年。私は東海地区に戻り、3巡目で指名したJR東海の土本恭平を担当していました。専修大時代から見ていましたが、社会人に進んで成長して良いフォークを投げるようになっていました。これなら1年目から中継ぎで使えると考えての3巡目指名でしたが、プロでは思ったように結果を残すことができませんでした。

 開幕してすぐの横浜戦、5-5の同点で迎えた9回裏。そんな過酷な場面がプロ初登板になった土本は、ターメル・スレッジにサヨナラ3ランを打たれて敗戦投手になりました。原監督の期待が大きかった故の起用だったと思いますが、担当スカウトとしては「初登板はもっと楽な場面で投げさせてくださいよ……」という気持ちでしたね。

 スタートで躓いてしまった土本は、それを引きずったのか、以降ずっと調子が上がらず、結局一軍登板はルーキーイヤーに4試合投げただけ。3年でユニフォームを脱ぐことになりました。いきなり厳しい場面で使うことが成長に繋がる場合もあると思いますが、土本の場合はそうではなかったということかもしれません。この辺の新人起用の判断は難しいところです。

 東海地区を担当しながら東農大も担当していた私は、中日が4巡目で指名した松井佑介も狙っていました。足が速くて肩も強くてバネもある。下の方で獲るには持ってこいの選手だと思っていたのですが、中日スカウトの仁村徹さんに「先に行くから」と言われて中日に獲られてしまった。そんなこともありました。

 2010年は中央大の澤村拓一で行った年ですね。会社はスター性を評価して早稲田大の斎藤佑樹(日本ハム1位)で行きたがっていたと思います。確かに話題性もスター性もある選手でした。でも巨人は毎年勝たないといけない球団です。この年は中日に覇権を奪われた年でもありましたから「斎藤佑樹では勝てません。勝つなら澤村ですよ!」ということで、澤村が1位になりました。

 早稲田大の大石達也(西武1位)を推す声もありました。確かに大石も良いボールを投げていました。でも投げるときにちょっと右腕が後ろに入ってしまう、少し癖のある投げ方をしていたのが引っかかりました。それまで巨人で大成したピッチャーは癖のないフォームの選手がほとんど。巨人は伝統的に癖のある投げ方のピッチャーを1位で獲ってこなかったのです。その辺のことは長年巨人の中にいないと分からない感覚の部分になりますが、「あの投げ方では巨人では大成しない」ということが、大石の判断材料の一つになったと思います。

ソフトバンクにやられた! 千賀と柳田の指名

 2010年で思い出すのが愛知県の蒲郡高にいた千賀滉大(ソフトバンク育成4位/現・メッツ)ですね。「千賀はソフトバンクが発掘した」「他球団はどこも千賀を知らなかった」のように言われているようですが、そんなことはありません。全球団、どこも知っていたと思います。

 私は一度見ただけでしたが、良いボールを投げていました。当時はあんなすごいフォークはまだ投げていませんでしたが、しなやかさがあってバランスが良い。線がまだ細いけれどプロで鍛えて体が大きくなったら良くなると思いました。ですが「支配下で獲るか?」と言われるとちょっと自信がない。まさに育成向きの選手という評価で、巨人でも育成の上の方での指名を考えていました。

 ですが千賀サイドは「育成指名はお断り」。支配下指名でなければ大学に行くという話でしたので、それで巨人を含めて他球団も手を引いたと思います。そしたらソフトバンクが育成4位指名。他球団からすれば当然「話が違う!」ということになります。

 東海地区には、社会人に内定していた有力な高校生ピッチャーがもう1人いたのですが、ソフトバンクはその選手も育成で指名しました。社会人に内定している選手は獲ってはいけないというのは、スカウトの間では暗黙の了解ですし、プロ野球と社会人野球の紳士協定でもあるわけです。「それはダメでしょ!」と他球団から当然批判の声が挙がりました。それでソフトバンクの担当スカウトは東海地区から外され、その社会人チームにも以降出禁になったと聞きました。

 あれから随分時間が経ったから言えることですが、このときのソフトバンクの担当スカウトは大手柄ですよね。他球団から批判されようが、担当地区を外されようが、出禁になろうが、あれだけの逸材をチームに迎え入れたわけですからね。

 巨人の2巡目は糸満高の宮國椋丞でした。関東遠征に来たとき、相手は桐光学園だったと思いますが、クロスチェックで私も練習試合を見に行っています。ちょうど春の大会が終わったばかりの頃で、九州の担当スカウトからは「宮國は疲れ切っていて、今が一番調子が悪い」という報告が上がってきていました。でも投げているボールがすごい。「一番調子が悪くてこれなの? 本当?」と担当に聞いたくらい、それくらいのボールを投げていました。「調子がいいときのボールってどんなボールだよ?!」と驚きました。それで2位は宮國で行こうという方針になりました。評価としてはこの年の「高校ナンバー1ピッチャー」。実際、この年の高校生ピッチャーで一番最初に呼ばれたのも宮國でした。この年の1位、2位は予定通りの指名でしたね。

 あまりタラレバを言っても仕方がないですが、この年の3巡目で欲しかったのが広島経済大の柳田悠岐(ソフトバンク)でした。大学選手権で見て「すごい選手がいる」と思いましたよ。担当スカウトの評価はそこまで高くなかったのですが、私も含めた他のスカウトや山下部長は「4巡目じゃ残ってないぞ」と高く評価しており、3巡目で考えていました。地方の大学だからそこまで熱心に追っている球団もなさそうでしたし、3巡目でいけると考えていました。

 2巡目で無事に宮國を指名できてからは「来るなよ、来るなよ、来るなよ。よしよし」とずっと祈って指名順が回ってくるのを待っていたのですが、2巡目の最後にソフトバンクに名前が呼ばれてしまった。「えー! そこで柳田に来るの!?」という感じで、もうガックリでしたよ。

1/2ページ

著者プロフィール

1976年、大分県速見郡生まれ。多くのスポーツサイトの企画・編集、ディレクターなどを経てフリーランスに。現在は少年野球、高校野球サイトのディレクターを務めながら書籍の企画・編集も行っている。主な書籍は『星野と落合のドラフト戦略』『ジャイアンツ元スカウト部長のドラフト回想録』『回想 ドラゴンズでの14年間のすべてを知る男』など。

当サイトには一部アフィリエイトリンクが含まれています。

リンクから商品・サービスをご購入いただいた場合、スポーツナビに収益が発生することがあります。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント