25年目の思い出す真夏の特訓と練習量の意味 高校野球を見て栗山巧と中村剛也が「すぐやろう」と語ったのは…
「真夏の特訓」があったからこそ…
ここのところの暑さもあいまって、いよいよ本格的な夏だなと感じます。
暑さ自体、僕がプロ入りした25年前とはまったく違う。プロ4年目の夏を思い出します。
2005年、僕は開幕直後からプロ入り後初の一軍定着をしていましたが、6月に二軍行きを命じられました。打率は2割9分5厘あったので、打撃は通用していた。問題は外野の守備でした。
打球に追いつけない。追いついても捕球できない。投手陣にはかなり迷惑をかけていたと思います。伊東勤監督から「もう一度守備をしっかりやり直してこい」と言われ、僕は一軍を離れました。
二軍で待っていたのは、外野守備走塁コーチの河田雄祐コーチ。文字通り、一日中僕にノックを打ってくれました。日が長い夏場だったので、ファームの試合がある日であっても、その前後に本当にたくさん練習ができた。そうして守備に一定の改善がみられた8月末、僕は一軍に復帰できました。
打撃にこだわりつづけてきた僕ですが、2000安打を達成できたのは、あのタイミングで守備を鍛え直したからこそだと思っています。守備ができないと、長い目でみれば打席は必ず減ってしまうので。
ただ、あのような真夏の長時間練習というのは、20年以上がたった現在では不可能だと思います。若い選手であっても、40度近い暑さの中では練習は続けられない。
幸い、ライオンズは2019年に新しい室内練習場をつくりました。去年にはさらに工事を入れて、立派な空調設備が加わった。酷暑の中でも、快適に練習ができるようになりました。
ただ、すべての練習を室内でできるわけではありません。夏場は練習の量がどうしても落ちてしまう。そして、どれくらい落ちてしまうのか、個々の体力の差というものがはっきりと出る時期だとも思います。
「積み重ね」と「ひらめき」のバランス
練習をやればやるほど、右肩上がりに技術や再現性が高まり続ける。
こちらがおそらく、一般的なイメージだと思います。一方で、プロには違うイメージを持っている選手がいます。
練習は積み重ねではなく、コツやひらめきをつかむためのもの。
日々着実に上達していくわけではないけど、何かの気づき、きっかけで、技術や再現性が垂直に立ち上がっていくまで、我慢強く同じステージで練習を重ねる。
菊池雄星投手などは「コツをつかむまで、淡々と練習を続けられるかどうか」と語っていると聞いたことがあります。それから、おかわり(中村剛也)などもそっちの部類に入るかもしれません。こういうイメージを持っておくと、自分に目先の変化が生じなくても、地道に練習を続けることができるのだと思います。
僕の練習のイメージはどちらか、という話になりますよね。結論から言えば、どちらのイメージも併せ持っている、になると思います。高校時代からスーパースターで、ドラフトでも上位指名だった雄星投手やおかわりと違って、プロ入り直後の僕は生き残りのために「日々上達している」と首脳陣にアピールしていく必要がありました。
コツをつかんで、どこかで爆発的な成長をする。それを気長に待ってもらえるほど、プロの世界というのは甘くないと僕は感じていた。だから、一軍に定着してからも、新しく出会う監督、コーチの皆さんに認めてもらうために、日々の変化を求める方向性で練習をしてきました。
一方で、あえて目先の変化を求めず、無意識で淡々と練習を重ねる中で、急にコツをつかむという経験もたくさんあった。つかみたい何かをイメージしたり、仮説も立てたりしないからこそ、自分でも思いもしないような気づき、きっかけをつかめることがある。自然な流れでつかむからこそ、打撃の神髄に近いような本質的なコツであることも多い。
無意識で淡々と、という時間も設けないと、長く練習を続けることはできない気もしています。振り返ってみれば、「積み重ね」と「ひらめき」という相反する2つの練習イメージのバランスが良かったからこそ、25年間プロでやってこられたのかなと思います。