栗山巧 独占手記2026「ファンに伝える志」

25年目の思い出す真夏の特訓と練習量の意味 高校野球を見て栗山巧と中村剛也が「すぐやろう」と語ったのは…

栗山巧

栗山が強調するのは、練習における“バランス” 【写真:熊谷仁男】

「真夏の特訓」があったからこそ…

 埼玉西武ライオンズは首位ソフトバンクと8.5ゲーム差の3位、7年ぶりのリーグ優勝、4年ぶりのCS進出へ正念場を迎えている。そんな中、現役ラストシーズンを戦う栗山巧はファームで来たるべきときに備え、調整を続けている。シーズンを通じた独占手記、第5回は8月30日の引退試合を控え、真夏の今思うこととは?
 さっき、室内練習場のテレビで、高校野球が中継されているのを見かけました。

 ここのところの暑さもあいまって、いよいよ本格的な夏だなと感じます。

 暑さ自体、僕がプロ入りした25年前とはまったく違う。プロ4年目の夏を思い出します。

 2005年、僕は開幕直後からプロ入り後初の一軍定着をしていましたが、6月に二軍行きを命じられました。打率は2割9分5厘あったので、打撃は通用していた。問題は外野の守備でした。

 打球に追いつけない。追いついても捕球できない。投手陣にはかなり迷惑をかけていたと思います。伊東勤監督から「もう一度守備をしっかりやり直してこい」と言われ、僕は一軍を離れました。

 二軍で待っていたのは、外野守備走塁コーチの河田雄祐コーチ。文字通り、一日中僕にノックを打ってくれました。日が長い夏場だったので、ファームの試合がある日であっても、その前後に本当にたくさん練習ができた。そうして守備に一定の改善がみられた8月末、僕は一軍に復帰できました。

 打撃にこだわりつづけてきた僕ですが、2000安打を達成できたのは、あのタイミングで守備を鍛え直したからこそだと思っています。守備ができないと、長い目でみれば打席は必ず減ってしまうので。

 ただ、あのような真夏の長時間練習というのは、20年以上がたった現在では不可能だと思います。若い選手であっても、40度近い暑さの中では練習は続けられない。

 幸い、ライオンズは2019年に新しい室内練習場をつくりました。去年にはさらに工事を入れて、立派な空調設備が加わった。酷暑の中でも、快適に練習ができるようになりました。

 ただ、すべての練習を室内でできるわけではありません。夏場は練習の量がどうしても落ちてしまう。そして、どれくらい落ちてしまうのか、個々の体力の差というものがはっきりと出る時期だとも思います。

「積み重ね」と「ひらめき」のバランス

 いずれにしても「何のために練習の量をこなすのか」というあたりについては、選手それぞれで整理が必要な気はしています。練習量と習熟度のグラフというか、上達のイメージは大きく分けて2つだと思います。

 練習をやればやるほど、右肩上がりに技術や再現性が高まり続ける。

 こちらがおそらく、一般的なイメージだと思います。一方で、プロには違うイメージを持っている選手がいます。

 練習は積み重ねではなく、コツやひらめきをつかむためのもの。

 日々着実に上達していくわけではないけど、何かの気づき、きっかけで、技術や再現性が垂直に立ち上がっていくまで、我慢強く同じステージで練習を重ねる。

 菊池雄星投手などは「コツをつかむまで、淡々と練習を続けられるかどうか」と語っていると聞いたことがあります。それから、おかわり(中村剛也)などもそっちの部類に入るかもしれません。こういうイメージを持っておくと、自分に目先の変化が生じなくても、地道に練習を続けることができるのだと思います。

 僕の練習のイメージはどちらか、という話になりますよね。結論から言えば、どちらのイメージも併せ持っている、になると思います。高校時代からスーパースターで、ドラフトでも上位指名だった雄星投手やおかわりと違って、プロ入り直後の僕は生き残りのために「日々上達している」と首脳陣にアピールしていく必要がありました。

 コツをつかんで、どこかで爆発的な成長をする。それを気長に待ってもらえるほど、プロの世界というのは甘くないと僕は感じていた。だから、一軍に定着してからも、新しく出会う監督、コーチの皆さんに認めてもらうために、日々の変化を求める方向性で練習をしてきました。

 一方で、あえて目先の変化を求めず、無意識で淡々と練習を重ねる中で、急にコツをつかむという経験もたくさんあった。つかみたい何かをイメージしたり、仮説も立てたりしないからこそ、自分でも思いもしないような気づき、きっかけをつかめることがある。自然な流れでつかむからこそ、打撃の神髄に近いような本質的なコツであることも多い。

 無意識で淡々と、という時間も設けないと、長く練習を続けることはできない気もしています。振り返ってみれば、「積み重ね」と「ひらめき」という相反する2つの練習イメージのバランスが良かったからこそ、25年間プロでやってこられたのかなと思います。

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著者プロフィール

1983年9月3日生まれ。兵庫県出身。背番号1。外野手。右投左打。177cm/85kg。プロ24年目。育英高から2001年ドラフト4巡目で西武に入団。2008年に自身初の規定打席に到達し最多安打(167安打)を獲得するなどチームの日本一に貢献。08年から9年連続でシーズン100安打以上を達成、12年から16年まではキャプテンを務めるなどチームの顔として活躍。稀代のヒットメーカーとして安打を積み重ね、21年に生え抜き選手では球団史上初となる通算2000安打を達成した。これまで獲得した主なタイトルは最多安打(08年)、ベストナイン(08、10、11、20年)、ゴールデン・グラブ賞(10年)。

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