ハンカチ王子と呼ばれて 斎藤佑樹 54勝の記憶

斎藤佑樹、3年夏西東京の宿敵相手に221球の熱投 チームを変えた泥だらけの早実監督

石田雄太

早実は日大三との死闘を制し、夏の甲子園の舞台に立った 【写真は共同】

斎藤佑樹が陽の当たる舞台で挙げた54勝のうち、球場で見届けたのは33勝。
20歳の時の斎藤と出逢ってからは、勝った試合も負けた試合も、勝ち負けがつかなかった試合も、彼のピッチングを球場で観て、感じた疑問をぶつけてきた。

時は流れ、2021年11月7日、日曜の恵比寿――。
この日、引退したばかりの斎藤とランチをともにした。そこでぼくは彼に「ピッチャーとしての斎藤佑樹を描きたい」と伝えた。そのためにあらためて話を聞かせてほしい、それがプロに入ってから引退するまでの斎藤を見届けたぼくが成すべき仕事だから、と想いを届けた。だからこの一冊は、そんな斎藤との約束が結実した賜物だと思っている。

「ハンカチ王子と呼ばれて 斎藤佑樹 54勝の記憶」から3年夏・西東京大会決勝日大三戦の一部を抜粋して掲載します。

宿敵・日大三との激闘

強打の日大三との“横綱対決”で初回、いきなり見せつけられた先制パンチに、ベンチにいた早実の和泉監督は「1年前のコールド負けがパッと頭をよぎった」と言った。

 当時の僕は立ち上がりが苦手で、フワッと試合に入ってしまう感じがありました。あの日もいきなり2本のスリーベースヒットを打たれて2点をとられてしまいます。でも2本目のスリーベースは一塁ランナーが走って、ベースカバーに入ったセカンドが逆を突かれた格好になったゴロでした。たしかに強い打球だったので球足が速くて右中間を抜けてしまいましたが、やられたという感じはありませんでした。

 思えばのちに和泉監督から「あれが大きかった」と言ってもらえたのが、その後のピンチを乗り切ったことでした。2点とられて、ツーアウト三塁からフォアボールとデッドボールで満塁にしてしまいます。おそらく監督の頭のなかには、ちょうど1年前の夏に僕が三高打線にメッタ打ちを喰らったことがよぎっていたのかもしれません。それでも僕のなかには1年前とはまったく違う自分がいました。まだ初回でしたし、2、3点なら十分、逆転できる。もともと尻上がりに調子を上げていくタイプでしたから、不安も焦りもありませんでした。ツーアウト満塁で、バッターは8番の左の1年生・竹内啓人くんです。ここでインコースいっぱいへきっちり決めることができました。この1年間、そこへ投げ切ることを意識して練習してきた真っすぐです。この見逃し三振でピンチを凌いで、初回は2点で抑えることができました。

 2回裏、船橋悠がスリーベースヒットを打って、僕の内野ゴロで早実が1点を返しましたが、3回表に1点をとられて、1対3。このあたりからようやくエンジンがかかってきます。6回には早実が追いついて3対3となってからは、けっこうな球数を投げながらも(9回を終えて173球)なんとかピンチをゼロで切り抜けて、試合は延長に突入しました。

 10回表、ノーアウト一、二塁から(8番の岩間聖悟が)送りバントをしてきたのですが、三塁方向に転がったボールを捕った僕は、クルッと回ってすかさず三塁へ投げました。完全にアウトのタイミングでしたし、あれは得意としていたプレーです。にもかかわらず、それが悪送球になってしまいました。投げる瞬間、変な間があってボールが引っかかったんですよね。それで二塁ランナーが一気にホームへ還って、3対4と勝ち越されてしまいます。自分のミスで点をとられて、さらにノーアウト一、二塁のピンチが続いて… …それでも次を抑えることが勝つために最善のことだと切り替えて、目の前のバッターを抑えることだけに集中していました。あの心の持ちようは、自分でもよくできていたなと感心します。
 3年の夏は、尋常じゃないくらい冷静だったんでしょうね。もっとも得意な、しかもイージーな、相手のチャンスの芽を摘みとることができたプレーであんなミスをしたら、「やってしまった」「もったいなかった」って絶対に引きずる類のミスですよ。なのに、「ハイ、次」といった感じですぐに切り替えられた。いま思い出しても、不思議な感覚です。

 その回のピンチは、ツーアウト満塁から3番の佐藤健太くんをショートゴロに抑えて切り抜けました。それが1点を追った10回裏の同点劇につながります。ワンアウトから代打の神田雄二の打球にセンターが飛び込むも捕れず、これがツーベースヒット。続く1番の川西が打ったライナー性の打球に今度はレフトが飛び込むもまたも捕れず、神田が還って4対4の同点です。僕にとっては最後の夏、三高にも僕たちにも執念のようなものがたぎっていました。同点タイムリーを打った川西がサードでタッチアウトになった時も、興奮のあまり我を忘れて相手に失礼な態度をとってしまいましたが、これもひとつのプレーにガムシャラになっていたからだと思います。もちろんすぐに謝る冷静さは必要だったと思いますが、最後の最後は、ここまで来たら絶対に負けられないという意地と意地のぶつかり合いでした。

 試合はまだ終わりません。11回表、ツーアウトからツーベースヒットを打たれて、ここで三高のキャプテン、池永周平くんを迎えます。ツーボールからスライダーでストライクをとった4球目、キャッチャーの白川がワンバウンドを止められず、ランナーが三塁へ進んでしまって、カウントはスリーボール、ワンストライク。ここで僕はずっと練習してきたインコースいっぱいの真っすぐでフルカウントに持ち込みます。さらに、次も同じインコースへのストレート。そのボールを池永くんにレフトへ痛烈に弾き返されました。このライナーを(レフトの)船橋がいったん下がってから前へ出て、最後は両ヒザついての拝み捕り(笑)。このシーンのことは今もハッキリ覚えています……なぜだろう、あの1球が勝ちにつながったと思っているからかな。あの力のある池永くんをインコースのストレートで抑えられたこともそうだし、船橋が盛り上げてくれたこともあったし、あの回を乗り切ったことはすごく大きかったと思っています。

 そして11回裏、檜垣皓次朗のツーベースと船橋のヒットで早実が5対4でサヨナラ勝ち……10年ぶりの夏の甲子園出場を決めました。サヨナラの瞬間、僕はネクストバッターズサークルにいたんです。「よし、オレが決めてやる」と思っていたところを、船橋に持っていかれた(笑)。

 甲子園を決めた瞬間って、だいたいはマウンドで迎えられるじゃないですか。最後、三振をとって決めたいと思っていたところで延長に入って、後攻ということはサヨナラで勝つしかない。だったら打って決めてやろうと意気込んでいたら、あの危なっかしいレフトライナーのキャッチといい、初球を打ってのサヨナラヒットといい、持っていたのは船橋でした。

 あの試合で投げた球数は200球を超えていたんですよね(221球)。それだけ三高が強かったんだと思いますし、僕もできることをすべて尽くした結果だと思います。

 東京大会では三高も日鶴も手強い相手で、苦しんで勝ち抜きましたが、本当はもっと余裕を持って勝たなければいけないと思っていました。僕らは春のセンバツでベスト8になるという成功体験を得られて、春の大会で日鶴に負けた時も、ああ、日鶴はこんな雰囲気だろうな、でも夏は勝てるよなって、勝手に余力を残して負けた感を抱いていたんです。

 ところが西東京大会、苦戦した初戦の都昭和から三高との決勝までの間に、僕らの気持ちを引き締める大事な出来事がありました。都立小川との3回戦、試合は11対2で勝ったんですけど、僕にもチームのなかにも相手を舐めてる雰囲気があったんです。「オレら、勝てるでしょ」みたいな……そうしたらその試合後、和泉監督にとても怒られました。

 練習でファーストにノックを打っていた監督が、突然、檜垣のミットを「貸せ!」と奪いとって、監督自身がノックを受ける側に回ったんです。檜垣が「あんなの、無理っす」みたいな感じで言ったから……その時の監督はもう、目が血走っていました。ノックの打球に飛び込んで、「野球はこうやってやるんだ!」って叫んだんですよね。あれは「おまえたち、ここまで必死になってやってるのか。そうじゃなかったら勝てないぞ!」というメッセージだと思いました。監督は何球も何球も、全部、ノックの打球に飛び込んで、泥だらけになったんです。本当は、選手同士で緩んだ空気を締めなければならなかったはずなのに、それを監督にやらせてしまった。だから僕はすごく心を動かされました。あれでみんなの気持ちは引き締まりましたし、それが夏の甲子園につながった。和泉監督って本当にすごいなと、心から思いましたね。

【画像提供:カンゼン】

斎藤佑樹が陽の当たる舞台で挙げた54勝のうち、球場で見届けたのは33勝。
20歳の時の斎藤と出逢ってからは、勝った試合も負けた試合も、勝ち負けがつかなかった試合も、彼のピッチングを球場で観て、感じた疑問をぶつけてきた。

時は流れ、2021年11月7日、日曜の恵比寿――。
この日、引退したばかりの斎藤とランチをともにした。そこでぼくは彼に「ピッチャーとしての斎藤佑樹を描きたい」と伝えた。そのためにあらためて話を聞かせてほしい、それがプロに入ってから引退するまでの斎藤を見届けたぼくが成すべき仕事だから、と想いを届けた。だからこの一冊は、そんな斎藤との約束が結実した賜物だと思っている。
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著者プロフィール

1964年、愛知県名古屋市生まれ。名古屋市立菊里高等学校、青山学院大学を経てNHKにディレクターとして入局。『サンデースポーツ』などを担当する。92年、フリーランスとなってTBS『野茂英雄スペシャル』『イチローvs.松井秀喜 夢バトルSP』『誰も知らない松坂大輔』などを手掛け、『NEWS23』では桑田真澄の現役引退をスクープした。またベースボールライターとして『Sports Graphic Number』『週刊ベースボール』に連載コラムを持つ。近著に『平成野球30年の30人』『大谷翔平 野球翔年I』『イチロー・インタビューズ 激闘の軌跡2000-2019』(いずれも文藝春秋)がある

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