「スカウト人生で1番ショック」指名したかった浅尾拓也、指名濃厚だった侍ジャパン捕手 元巨人スカウトが明かすドラフト秘話
2000年から2016年まで巨人のスカウトを務め、数多くの名選手を指名してきた藤本茂喜氏に、選手指名秘話やドラフト舞台裏などを振り返ってもらった。
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当初の1位予定は堂上でも坂本でもなく……
この地区は他所から来た人間を簡単に受け入れないイメージがありましたから、まずは中京大の方たちと多く知り合いになることを考えました。東海地区の高校、大学、社会人の指導者には、中京大OBの方がとても多いからです。ちょうどこの年は左ピッチャーが欲しかったチーム事情もあって、それで中京大の左腕・深田拓也を6巡目で指名しました。もちろん深田の実力があってこその指名でしたが、この指名が「中京大人脈」に食い込む嚆矢(こうし)になりました。
自由枠で獲った福田聡志は和歌山県の伊都高校の出身。高校時代に担当していたのが後に部長になる山下哲治さんで、山下さんは当時から「一番下でいいから福田を獲ってくれ」と最後まで言っていました。枠の問題などもあって獲れなくて、他球団からも声がかからず東北福祉大に進んだのですが、1年の時に出場した大学選手権で早速良いボールを投げていました。すぐに山下さんに電話をして「3年後は高い買い物になりますよ。やっぱり獲っておくべきでしたね」と話したことを覚えています。高校時代に下位指名していたら契約金も安く済んだのに、大学生になって逆指名になったら1億円以上高くなりますからね。
2006年は原さんの監督復帰1年目で、愛工大名電の堂上直倫を外して光星学院(現・八戸学院光星)の坂本勇人を指名した年ですね。愛工大名電は私の担当地区でしたが、堂上を担当したのは、こちらも後にスカウト部長になる長谷川国利さんでした。ですので堂上1位指名の経緯など、細かいことまでは分かりません。
一つ覚えているのは、前年は復帰されたばかりの原監督が「駒大苫小牧の田中将大(楽天1位/現・巨人)で行く」と言っていたことです。私たちスカウトも皆「田中で行きましょう!」と言っていましたから、最初はそのつもりで動いていました。それがいつの間にか、やっぱり野手だ、堂上だ、という方針に変わっていました。巨人の1位は監督が決めるものですから、どこかのタイミングで「やっぱり野手が欲しい」となったのかもしれません。
坂本も堂上も私の担当ではありませんでしたが、私は坂本の方が上だと思いました。まず守備です。ショートの動きと肩が本当に素晴らしくて、体が大きくて足も長いのに「こんな動きができるんだ!」「三遊間からこんな送球できるんだ!」という感じで驚きました。バッティングも良かったですしね。
堂上を外した場合の外れ1位は埼玉栄の木村文和(西武1位)か坂本かで、ドラフト直前まで紛糾しました。最終的には、担当の大森剛が「絶対に坂本です!」と最後まで推して、「そこまで言うんだったら」という形で坂本に決まりました。その後の坂本の活躍を見れば、このときの選択は大正解でしたね。
指名したかった浅尾、指名濃厚だった嶋
地方リーグ2部の無名大学だし、線は細いし、格好もちょっとチャラい。でも速い真っすぐと鋭く落ちるフォークボールを目の当たりにすると「そんなことはどうでもいい!」と思わされました。「これこそプロのボール!」でしたよ。
浅尾には中日のスカウトがずっと貼り付いて、私生活面から指導していたそうです。前述したように少しチャラいところもあったのですが、「野球で上を目指すんだったらちゃんとしないとダメだ!」というように、担当スカウトが教育・指導をきっちりされて、そういった信頼関係があったからこそ「中日以外には行かない」となったようなのです。
私としてはそれでも獲りに行きたい気持ちがありました。それくらいの良いピッチャーでしたから。原監督にも「愛知にこんなピッチャーがいます。1位の選手です。どうしますか?」とお伺いは立てました。
「だって中日(で決まり)なんだろ? 来る気がねぇ奴は行かなくていいよ」ということでしたから、私もそれ以上は追いませんでした。浅尾が仮に「12球団OK」だったとしたら、大隣に匹敵するぐらいの争奪戦になっていたでしょうね。
この年で忘れられないのが、國學院大の嶋基宏(楽天3巡目)です。スカウト人生17年で、指名できずに悔しかった選手を挙げるとするなら、この年の嶋になります。中京大中京ではセカンドだったのですが、大学に入って竹田監督が「頭がいいから」とキャッチャーにコンバートさせ、嶋も努力に努力を重ねてレギュラーの座を掴みました。その過程を私は1年の頃からずっと見ていました。キャッチングもバッティングも良かったですし、試合を見ていても「よく(回りが)見えているな」と感心したものです。目配り、気配りができるというか、実にキャッチャーらしいキャッチャーでした。
思ったのは、嶋がいれば阿部慎之助に何かあってもカバーができるということと、こんな選手がいてくれたら長く巨人に貢献してくれるだろうということ。慎之助が健在でしたから、レギュラー候補として獲るというよりも「優秀な二番手キャッチャー」という評価。ユニフォームを脱いだ後も良いコーチ、指導者になる姿が見える、それくらい優秀な選手、人材でした。
この年は「キャッチャーも獲りに行く」という方針もありましたから、嶋にも「うちは獲りに行くよ」と伝えていました。竹田監督からも「藤本君が1年の時からずっと見ているんだから、もう全部任せるから」と言っていただいて、嶋にも巨人に行くように話してくれていたと思います。
それが球団の方針が途中で変わって「(今年は)キャッチャーは獲らない」となってしまったのです。もう「ガクーン!」ですよ。嶋にも竹田監督にも申し訳がありませんでした。浅尾も獲れない、嶋も獲れない。2006年はスカウト人生で1番ショックを受けたドラフトでした。