涙の主将に名伯楽が告げた「監督で日本一」 元Jリーガー監督は瀬戸内で高校生に何を求めるのか?

大島和人

石川喬穂(中央)は瀬戸内の監督として2年目を迎えている 【(C)C.Namiki】

 夏の全国高等学校総合体育大会(高校総体)男子サッカーが、7月25日に福島県で開幕している。代表50チームを見ると、元Jリーガーが監督を務める学校もいくつもあった。

 例えば聖和学園・加見成司監督は元名古屋グランパスで、国見・木藤健太監督もアビスパ福岡、モンテディオ山形に在籍していた。鎌田大地の恩師として知られる東山・福重良一監督は元京都パープルサンガ(当時)でプレーしていた。山形明正・鈴木淳監督は世代的にJリーガー経験こそないが、J1、J2の計4クラブの監督を務めた大物だ。

 元FC町田ゼルビアの石川喬穂もそんなひとりだ。35歳の彼は昨年から広島県瀬戸内高の監督に就任し、チームを2年連続で夏の全国大会に導いている。プリンスリーグ2026中国の前半戦も首位と好調だ。

 昨年度の全国高校サッカー選手権は出場を逃し、高校総体も2年連続の初戦敗退と、全国での「1勝」はまだつかめていない。それでもPK戦により2回戦進出を逃した25日の丸岡戦を見れば、質の伴ったサッカーをしていることは伝わってきた。

PK戦で惜敗。足りなかったものは?

 丸岡との1回戦は1-1で前後半が終わり、PK戦は7-6で丸岡が制した。11分に田川英知の得点で先制したものの、24分にサイド攻撃から同点にされた。

 田川、池田在の両ボランチを中心に、足元のスキルならば瀬戸内に軍配が上がる展開だった。相手エリア内に侵入する回数も瀬戸内が上回った。しかし丸岡は左サイドバック石川璃空のロングクロスから、屈強なセンターフォワード松下逸輝が合わせるシンプルな形を得点に結びつけた。

 PK戦は6-6で迎えた7人目に先攻の丸岡が失敗したものの、「決めれば勝利」の瀬戸内7人目が外す悔しい展開だった。

 石川監督は試合後にこう述べている。

「1本でゲームは決まります。失点の場面はウチの選手も真ん中にいる状況だったのに(ヘディングシュートに)持っていかれた。あそこも1対1の状況からクリアを弾けるくらいの力がないと、全国では1勝をつかめません。丸岡さんはサイドのクロスも、あそこの1本を蹴れるし、選手がストロングポイントを磨いています。ウチの選手はできることが多いですけど、まだ突出した武器が欠けていた。ボールを握りながら差し込んで、サポートに入る状況は何本か出ましたけど、そこを打開していく個のパワーはまだまだかなと痛感しています」

 もちろん1敗でこのチームのすべてを否定するのも違う。プリンスリーグの前半戦9試合は7失点で終えている。彼はこう振り返る。

「真面目な選手が多いので、ひたむきな守備ができています。どこが出て、どこが引き出されたらいけないのかを構築して『良い守備から良い攻撃』ができていました」

 攻撃のパターンを増やして高校総体に臨んだが、そこは残念ながら実らなかった。試合後の石川は選手に対してこう向き合った。

「負けたときに厳しい言葉を掛けても、なかなか入っていかない部分もあります。『負けは負けだ。誰かにその矢印を向けるのでなく、何か思うのであれば、監督の指揮のミスだったと思ってくれ』と伝えました。去年は選手権を逃しているので『もうここから始まっている。チャレンジャーとして、自分たちが全国に行けるようにやっていこう』と話をしました」

「指導者として日本一になれ」

瀬戸内はPK戦で丸岡に屈して2回戦進出を逃した 【(C)C.Namiki】

 石川が指導者を志した原体験は、大学4年の冬にある。2013年12月25日の全日本大学サッカー選手権(インカレ)決勝で、彼がキャプテンを務めていた国士舘大は、大阪体育大に1-3で敗れて準決勝に終わった。

 チームの総監督で、国士舘大の理事長でもあった大澤英雄氏は彼を呼び、一対一でこう伝えた。

「『日本一になりたかったけど、なれなかった。俺はその力が無かった指導者だ。申し訳なかった』という話をされました。そして『もう涙を流すな。お前の取り組みはずっと見てきた。いつか私たちと同じような指導者になって、ピッチに帰ってこい。指導者として日本一になれ』と言われたことを覚えています」

 そんな名伯楽の言葉と姿勢は、丸岡戦後に選手へ伝えた言葉にも反映されている。

「大澤先生は試合に負けたとき、本当に選手のせいにはしなかったです。今日負けたときも大澤先生に掛けてもらった言葉が脳裏によぎりました」

 現役時代の石川は161センチと小柄なサイドバックで、身体的・技術的に分かりやすい強みがあったわけではない。プレーの忠実さ、ハードワーク、日々の取り組みといった「通好み」な部分が当時の彼の良さだった。

 石川は広島皆実高の2年時に、全国高校サッカー選手権第87回大会を制したチームの一員で、選手権の登録(最大25名)にも入っていた。しかし決勝戦はベンチ入りの枠(20名)から漏れ、チームの全国制覇を国立のスタンドで見守った。高校、大学、プロとなかなか認められない、ポジションを取り切れない状況を経験している。

「Jリーガーとして見られて、『そういう苦労もなくやってきたんでしょう?』と思われがちですけど、高校のときも下からスタートしています。大学もなかなか出られずに戦っている中で、たまたま大澤先生に出会えて評価してもらえました」

 プロ生活も厳しい時間だった。彼が加入した町田は当時J3だったが、彼は在籍した2シーズンでリーグ戦には1試合も出場できていない。2016年は当時JFLだったアスルクラロ沼津に移籍したが、やはり出場は6試合にとどまり、石川は引退した。

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著者プロフィール

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都北区に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。取材対象はバスケットボールやサッカー、野球、バレーボール、五輪種目と幅広い。2021年1月『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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