甲子園常連校の監督が手本とする指導者たち 「初戦不敗神話」ストップの舞台裏は?
監督就任15年目で甲子園出場16回。そのうち優勝1回、四強2回、八強1回。恵まれない環境下に置かれながらも、
いま高校球界で最も勝ち切れる指揮官が語る、日本一の采配論!敦賀気比高校野球部・東哲平監督の著書「常勝軍団・敦賀気比 勝利を引き寄せる采配 56の極意」から一部を抜粋して掲載します。
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大先輩である名将たちから学んだこと
その筆頭に挙げたいのが、明徳義塾の馬淵史郎監督である。第3章でも、馬淵監督の徹底力についてはお話しした。私は以前から、「馬淵監督が侍ジャパンU18代表を率いたら、世界を獲れるのではないか」と思っていた。案の定と言うべきか、馬淵監督は2023年の『第31回WBSC U18ベースボールワールドカップ』で、日本代表を初の世界一へと導いた。あれは、馬淵監督の野球が世界でも通用することを証明した大会だった。
明徳義塾の練習を、細かく見たことがあるわけではない。それでも試合を見れば、選手たちが徹底して鍛えられていることが伝わってくる。守備の球際の強さ、バントや走塁の精度、相手が嫌がるところを逃さず突いてくるしつこさ……。選手たちが馬淵監督の考え方を理解し、明徳義塾の野球を体に染み込ませているように見える。勝負勘や勝負強さという点でも、馬淵監督から学ぶことは非常に多い。
1992年夏の甲子園で、星稜の松井秀喜選手に対して選んだ敬遠策(5打席連続敬遠)は、いまも語り継がれる馬淵監督の勝負の一手である。当時は大きな批判を受けたようだが、それでも勝つために必要だと判断し、馬淵監督は最後まで敬遠策を貫いた。そして結果として、明徳義塾は勝利した。あの一戦には、馬淵監督の勝負に対する執念と徹底した姿勢が表れている。
その明徳義塾とは、2015年夏の甲子園1回戦で対戦した。この年の敦賀気比は、春のセンバツで日本一を果たし、エースの平沼翔太を中心に夏の甲子園へ戻ってきていた。試合は延長10回までもつれたものの、4-3で私たちが勝たせていただいた。当時の明徳義塾は、1984年夏の甲子園初出場以来、初戦で16連勝していた。私たちに敗れたことで、夏の甲子園では初めての1回戦敗退となった。「初戦不敗神話」が続く明徳義塾との1回戦は、私としても非常に戦いづらかった記憶がある。
甲子園では、1回戦で対戦する監督同士の対談がマスコミによって組まれる。私たちはその年のセンバツで初優勝していたため、馬淵監督は対談の中で、うちのことを持ち上げるだけ持ち上げてきた。大先輩にあそこまで言われると、こちらは恐縮するしかない。私は口下手、馬淵監督は話術にも長けている。翌日の新聞に「馬淵圧勝」と書かれていたのは、いまとなっては懐かしい思い出である。
対戦する中で学ばせていただいた監督としては、福井工大福井の大須賀康浩元監督も忘れられない。大須賀監督は、私が社会人野球の三菱自動車川崎にいたときの監督で、その後、福井工大福井の監督になられた。私が敦賀気比の監督になってからは、県内で何度も対戦した。大須賀監督は私が「やられたら嫌だな」と思っている策を次々と繰り出してきた。
福井商の北野尚文元監督は、春夏通算36度の甲子園を経験した名将である。北野監督は、接戦になるとこちらが嫌がるところを徹底して突いてきた。バットを短く持って、叩きつける。小技を絡めながら、こちらの守備に圧力をかけてくる。対戦する側からすれば本当に嫌な野球だったが、同時に「接戦でこうされたら苦しい」ということを教えていただいた。
「その場面でどういう策を用いられたら嫌か」
これを知っておくことは、自分のチームを作るうえで大きな財産になる。こちらがやるべきこと、相手にやられたときに対応しなければならないこと。その両方を、試合の中で学ばせていただいた。
私自身が大きな影響を受けた監督としては、ふたりの恩師がいる。ひとりは、高校時代の渡辺孝一監督である。渡辺監督は、敦賀気比の最初の黄金期を作り上げた方だ。私も渡辺監督のもと、高校2年の夏、そして高校3年の春夏と甲子園の土を踏むことができた。当時受けた教えは、いま監督としてチームを預かる私の中にも深く残っている。
もうひとりは、社会人時代(三菱自動車川崎)の垣野多鶴監督である。垣野監督は何事も徹底する方だった。都市対抗を3度制した実績もある。垣野監督の打撃理論は当時、一世を風靡したと言っていいほどで、私も多くを学ばせていただいた。徹底することの重み、勝つために準備を尽くす姿勢は、社会人時代に強く叩き込まれた部分である。
敦賀気比のOBの進学先としてお世話になっている横浜商科大学の佐々木正雄元監督(現・神奈川大学野球連盟理事長)からは、野球人としてだけではなく、ひとりの人間として多くの教えを授かってきた。佐々木元監督のお孫さんが、いまうちの2年生として在籍している。そういったご縁もあり、いまでもお会いする機会がたびたびある。佐々木元監督と話していると、野球の話がいつの間にか人の育て方や組織の在り方につながっていく。勝つ、負ける、技術、采配という目の前の話だけで終わらず、その奥にある人間の見方まで考えさせられる。お会いするたびに、この方と巡り会えてよかったと感じる。
監督には、それぞれの野球がある。馬淵監督の徹底力、大須賀監督や北野監督の嫌なところを突く圧力、渡辺監督が築いた敦賀気比の土台、垣野監督から学んだ準備と理論、佐々木元監督の深い人間観。すべてをそのまま真似することはできない。ただ、対戦し、話を聞き、ときに打ちのめされながら学んできたものが、いまの私の中に積み重なっている。勝つための準備も、試合中の判断も、選手への向き合い方も、そういった出会いの中で少しずつ形成されてきたものなのだ。
極意 其の四十八
守備の球際の強さ、バントや走塁の精度、相手が嫌がるところを逃さず突いてくるしつこさ……。選手たちが馬淵史郎監督の考え方を理解し、明徳義塾の野球を体に染み込ませているように見える。勝負勘や勝負強さという点でも、馬淵監督から学ぶことは非常に多い。