井上尚弥が君臨するS・バンタム級の“台風の目”となるか 西田凌佑「今、初めてぐらいボクシングが楽しい」
そう言うとIBF世界スーパーバンタム級1位の西田凌佑(六島、29歳/11勝2KO1敗)は真っ直ぐな視線を向けた。
今年最大の注目を集めた井上と中谷潤人(M.T)の東京ドーム決戦、「THE DAY」の約1週間後、大阪・長居の六島ジムを訪ねた。
『ボクシング・マガジン』の取材で試合の分析・感想を中心に聞いたあと、少し時間をもらい、別のテーマで話を聞かせてもらっていたときだった。
「(井上との対戦は)現実的ではないですけど」とした上で、自身の階級の4つの王座に君臨している絶対王者への思いを語った。
井上尚弥への挑戦権をつかんで……
3月に入ってジムワークを再開した頃だった。井上尚弥とどう戦うか、挑戦権を持つ立場として武市晃輔トレーナーと考えを交わしたことがあったのだという。
「ざっくりとですけど、武市さんと話したイメージがあって。実際にやるとなったら、あの作戦を練習でもっと突き詰めて、やるしかないなと思いました」
もちろん、具体的なことは明かさなかった。が、井上に勝つにはKOしかない、それも1回のチャンスで倒しきる、しとめきるしかない、というのが西田、武市トレーナーの一致した意見だった。その一点突破、わずかな可能性を高めるために何をすべきか、ということだったのか。
あらためて、「勝つのは難しい」と思わされた試合だったという。特に勝利への最善の選択をし、リスクを取って倒しに行かなかった今回の井上には。
当時から「現実的」と照準を定めていたのは、4月にあったIBF2位決定戦に勝利し、この6月半ばにIBFから正式に暫定王座決定戦のオーダーが出されたサム・グッドマン(豪)になる。
「まずは暫定戦に勝つことです。井上選手が返上するなら、それはそれでいいですし、やってくれるなら、自分はやりたいですし。どっちに転んでもいいんで。とりあえず、獲らないとダメやな、何も始まらないなという感じです」
もし、井上戦が現実になったら――。
「そこがゴール、終わりじゃないですかね。たぶん、勝っても負けても、(ボクシングは)もうやらないと思います」
濃く、短いキャリアで行きたい。だからこそ、同じ階級の一番強い選手とやりたいと言い続けてきた。
近畿大学卒業後、区切りをつけたはずだったボクシングをプロでやり直そうと決めたのは、アマチュア時代は残してしまった悔いを残さないようにやりきるためだった。
「強い相手だから、キツい練習も頑張れるし、やってきたことを全部出して、負けても納得できると思うんで」
根底にある思いはずっと変わらない。が、メルカド戦の前後で、微妙に“ニュアンス”が変わった。階級をスーパーバンタム級に上げる前は、どちらかといえば、ボクシングをどう締めくくるかに比重があった。そう感じたのだが。
毎試合、魂が抜けちゃう感じに……
苦笑いを浮かべ、西田は振り返った。
試合に向けて、武市トレーナーの課す厳しい練習で追い込むのだが、体重が落ちるのか、計量をクリアできるのか、不安、焦り……負の感情に意識を奪われ、相手の対策、自身の課題など、集中すべきことに集中しきれていなかった。
「で、これに勝っても、このキツい減量をまたやらんとアカンのか……みたいになるんですよ。(練習に入る前に)頭を切り換えて、勝ちたい、勝つんや、と気持ちを持っていく作業があるんで。それもしんどかったです」
計量の前日、減量の追い込みに付き合うのが恒例で、へたり込む西田を前に「スーツを着て、謝罪する姿が毎回、頭をよぎった」と武市トレーナーは明かす。
「毎試合、終わったら、魂が抜けちゃう感じになるんで……」(西田)
それでもバンタム級に踏みとどまったのは、ボクシング人生で何度もないような挑戦しがいのあるチャンスが手の届きそうなところにあったからだ。
1階級下げて、比嘉大吾(現・志成)のWBOアジアパシフィック・バンタム級王座に挑戦したのはプロ4戦目。現・WBO同級王者のクリスチャン・メディナ(メキシコ)とのIBF挑戦者決定戦に続き、エマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)との9戦目の世界初挑戦でIBF王座を奪取した。
直後にバンタム級の4団体を日本人王者が独占し、最後は階級最強の呼び声高かった中谷潤人との統一戦に懸ける思いだけが西田を支えた。
約6年ぶりとなる本来の階級で世界上位ランカーに勝利。1戦1戦、「ここがゴール」「これで終わり」と歯を食いしばってきた西田の手元に確実に残ったのは、世界レベルで戦った自信と経験、そして「ボクシングの楽しさ」だった。