友野一希、現役続行の決め手は「進化できる」という確信 五輪シーズンに感じた手応え【単独インタビュー前編】
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「競技会に出ることが、うまくなる一番の方法」
オリンピックシーズンだった昨季は自分の中で集大成とも考えていて、今まで以上にすごく充実した1年が過ごせました。でも1年間競技をやっていく中で、シーズン中盤あたりから「まだまだやれるな」という感覚が出てきたんです。体も引退を考えるレベルじゃなかったというか、「進化できるな」とすごく感じて。
「とりあえず、このシーズンが終わってから考えよう」と思っていたのですが、競技をやる中で可能性がどんどん出てきて、「まだ自分の体は全盛期なんだな」と感じる瞬間が本当に多かったんです。だから自然と「続けてもいいのかな」という気持ちになりましたし、やれる環境があるなら、体が動くうちは現役しているのも悪くないんじゃないかなと。全日本選手権の後、すぐに「続けよう」という気持ちになりました。
――多くのアイスショーに出演されていますが、それでも競技会に出場したいという思いがあるのですね。
今の自分にとって競技会に出ることが、フィギュアスケートがうまくなる一番の方法だと思っています。明確に目標があることで技術が向上しますし、スケーターとしてのすごみも増していくのかなと。アイスショーに出るにしても、やっぱり動きの切れがあった方がプラスだと思っています。
オリンピックシーズンが終わったからこそ、アイスショーの方もガンガン挑戦していきたい。ただアイスショーでいい演技をするためにも、やっぱり今自分にとって必要なのは、体が動く限り現役選手として1年1年しっかり進化していくこと。もちろん競技をやりたいという気持ちもありますし、今後アイスショーでもっといい演技をするために競技を続けているという気持ちもあります。
――五輪出場を懸けて臨んだ全日本選手権のフリーは心を動かされる演技でした。周囲から反応はありましたか?
あの演技については、努力はしてきていましたが、しっかり結果につながる部分がもしかしたら何か欠けていたかもしれないし、それをまた探し求めていけたらなとは思うんですけど……。いろいろな方が観て泣いてくださったり、応援してくださったりしていることは感じていました。
そういう期待はシーズンの初めから感じていて、その夢を背負っていきたいという気持ちもすごくありました。取材や記者さんが声をかけてくださる機会も増えていて、それは幸せなことだなと。身近で見ている方がたくさん応援してくださっているということは一番幸せだし、いい演技を見せてあげたかったなという思いはあります。
昨季は序盤から仕上がりも良かったし、グランプリ(GP)シリーズもいい位置につけていて、可能性の見えたシーズンだったと思います。今季は、その可能性の伏線を回収していけたらいいなと。昨季については最大の夢は見せられなかったけど、まだそれは続いているし、「やっていてよかったね」と言われるように。一番の夢は、身近で応援してくださっている人とみんなで大喜びすること。昨季の全日本選手権は、それができなかったことが一番悔しかったですね。でも、それが「いい1ページだったね」とみんなで笑って終われるように、頑張れたらと思います。
スケートを謳歌する新フリー『It's A Beautiful Day』
『It's A Beautiful Day』はとても美しく、聴いた瞬間に印象に残って「ああ、これかも」みたいな感覚がありました。その後調べていくうちに、さまざまなストーリーがある曲だということも分かってきました。フレディ・マーキュリー(クイーンのボーカリスト)が亡くなられた後に制作されたアルバムに入っている曲で、生きることについて歌う歌詞にも深い意味がたくさん込められています。今の自分にもぴったりだし、スケートを謳歌する様子を表現できたらと思っています。
「バレエ・フォー・ライフ」(モーリス・ベジャール・バレエ団による、クイーンの音楽を使った舞台。2024年に来日公演)を観劇させていただいて、「体を使ってここまで表現できるんだ」と感動した記憶があります。中でも『It’s A Beautiful Day』が特に印象に残っていたので、その影響もありますね。僕は元からクイーンが大好きだったんですけど、これは隠れた名曲で、あらためてより深く好きになれた曲の一つですね。
――ボーンさんは、プログラム候補曲のリストを出してくださるそうですね。
今回も一緒で、リストを出してもらっていました。実はシェイには、『ウエスト・サイド・ストーリー』(2017-18シーズンのフリー/佐藤操氏、佐々木彰生氏振付での使用曲)をもう一度やりたいという気持ちがあって、依頼していたんです。ミュージカルの曲をもう1回、シェイの振付でやってみたいなという気持ちがありました。でもいろいろな曲を聞いていくうち、新しい曲をやりたくなってきて……。
リストの中にはクイーンの曲があって、「クイーンは、競技プログラムで使っていないな」と気づきました。「クイーンの中で、王道すぎない曲はないかな」とリストを見ている中で目につくタイトルがあって、曲を聴いて「これだ」となりましたね。それから数日間はこの『It’s A Beautiful Day』しか聴いてなかったぐらい魅了されて、のめり込んでしまう曲でした。
――「浪速フィギュアスケートフェスティバル」(5月)のエキシビションで『ウエスト・サイド・ストーリー』を滑ったのは、新プログラムの準備という意図だったのでしょうか?
「どういう感覚かな」って1回やってみたんですけど、面白いことに、やっぱりあの頃の良さは出せなかった。滑りも表現の仕方も変わっているし、重心も全然違うので。今はよくも悪くも綺麗に滑りすぎちゃって、「当時の軽やかさは、あの時にしか出せないんだな」ということも、ちょっと感じましたね。「成長したんだな」と思うと同時に、「やっぱり今できる表現をしないといけないな」ともあらためて感じました。
――当時よりスケーティングがよくなって、重心が下がったということでしょうか?
本当にそうで、一つひとつの足の置き方も変わったんですよね。当時は形にとらわれず自然体で、いい意味で適当というか……。でもそれが良くて、ぱあって広がるような、ワクワクするような表現をしているなと感じました。今もそういう面も残っているかもしれないですが、どうしても形が見える部分があって、一歩一歩の丁寧さが出すぎちゃったり、ちょっと姿勢も変わっていたりして。面白かったし気づかされる部分が多くて、すごくいい経験になりました。
『ウエスト・サイド・ストーリー』をやるにしてももちろん今の自分を表現するつもりだったので、「やるなら本当に別物にしないとダメだな」と思っていました。なかなかしっくりきていない時に、『It’s A Beautiful Day』に出会ったという感じですね。