球史に残る「真夏の大逆転・大失速」7選 歓喜か、絶望か、運命を分けた「分岐点」を追う

赤星元信

2016年、11.5ゲーム差を逆転しリーグ優勝した日本ハム。大谷翔平が胴上げ投手になった 【写真は共同】

 夏場を境に流れを変え、絶望的状況を覆し、大逆転優勝を遂げた裏には何があったのか。名将の采配、投手起用、勢いを生んだキーマンから、“夏の分岐点”を振り返る。一方、独走態勢から夏場を境に“大失速”で優勝争いから脱落。明と暗のコントラストは、ある意味、球史を彩ってきた。

1963年:西鉄・中西太監督14.5ゲーム差 NPB史上最大の逆転劇は「ベンチがアホやから」?

近鉄との2日連続ダブルヘッダーに4連勝して優勝を決め、ナインに胴上げされる中西太監督 【写真は共同】

 プロ野球に10ゲーム差以上の大逆転優勝は過去8度しかない。1958年(昭和33年)に11.0ゲーム差を逆転した西鉄(現・西武)は、少し後の63年にも史上最大14.5差を大逆転した。クライマックスシリーズがある現在ではなかなか考えられない。裏返せばCSがなかった昔は、早々とあきらめるチームもあったということだ。

 1963年はシーズン150試合あったことも西鉄に幸いした。オールスターゲーム終了の後半戦8月以降、西鉄は大反攻に転じ、計49勝20敗2分。10月17日に南海の全日程終了時点で、西鉄は残り近鉄戦4試合を「3勝1分」で優勝、「3勝1敗」なら南海と同率プレーオフ、「2勝2敗」なら南海優勝となった。しかし、西鉄は近鉄戦4戦全勝。西鉄がライバル・南海との直接対決で20勝9敗1分の大幅勝ち越しも逆転Vの要因だ。

 1958年西鉄「流線型打線」から豊田泰光、大下弘が退団し、打力低下の中、28勝を挙げて最多勝のタイトルに輝いた稲尾和久が投球回386を投げた。

 “怪童”中西太選手兼任監督の2年目。中西は大打者だったが、監督としては後の阪神監督時代の1981年、江本孟紀が発した「ベンチがアホやから」の当事者で、小心者で有名だった。よく史上最大逆転劇の指揮を執れたものだ。

1996年:巨人・長嶋茂雄監督11.5ゲーム差 「94年10.8」に続き「メークドラマ」完結

1996年の流行語大賞に「メークドラマ」が選ばれ、あいさつに立つ長嶋茂雄監督 【写真は共同】

 1996年、大差を離された巨人・長嶋茂雄監督は、ナインを奮起させるための暗示なのか、「メークドラマ」という言葉を使った。「大逆転劇を作り上げる」という意味の造語だ。7月9日広島戦(札幌円山球場)で9者連続安打7得点(後藤孝志、村田真一、斎藤雅樹、仁志敏久、川相昌弘、松井秀喜、落合博満、マック、清水隆行)が大逆転優勝の契機となった。

 96年の広島は「ビッグレッドマシン」の異名の強力打線。1番・緒方孝市から、正田耕三、野村謙二郎、江藤智、前田智徳、ロペス、金本知憲、西山秀二。チーム打率はリーグ1位の.281だった。

 だが8月29日の広島市民球場、新人・仁志のカウント2ストライク後の外角低めの投球はボールの判定。命拾いした仁志の打球がイレギュラーバウンドして三塁手・江藤の顔面を直撃。それまで打率.314、32本、79打点の4番は眼窩低骨折で離脱。その後広島は失速した。

 斎藤雅樹とガルベスが16勝で最多勝。長嶋監督は、94年10.8で高木守道監督を、96年は星野仙一監督を、ともにナゴヤ球場でぎりぎりでくだし、リーグ優勝の宙に舞った。

1998年:西武・東尾修監督10.0差 西口文也、リトル松井の投打の柱が牽引

エース・西口文也を出迎える東尾修監督 【写真は共同】

 西武は東尾修体制3年目の前年の97年に初優勝を果たしたが、この98年は苦しい戦いが続いた。9月には西武、日本ハム、近鉄、ダイエーの4チームの大混戦となった。それでも116試合目で首位に立ち、リーグ史上最低の135試合70勝61敗4分、.534という勝率で大逆転優勝を果たした。

 ラインナップは1番遊撃・松井稼頭央から、2番中堅・大友進、3番一塁・髙木大成、4番三塁・鈴木健、5番DH・マルティネス、6番左翼・佐々木誠、7番二塁・高木浩之、8番捕手・伊東勤と続き、9番右翼・小関竜也が4年目の新人王受賞。チーム打率はリーグ2位だった。

 チーム防御率は1位で、エース・西口文也が13勝、最多奪三振の活躍を見せた。それに続くのが先発転向の石井貴で9勝。リリーフ陣はデニー友利53試合8セーブ、橋本武広66試合5セーブ。突出した投手が少ないというのが苦闘を物語っていた。MVPは打率.311、盗塁王の松井稼頭央が輝いた。

2008年:巨人・原辰徳監督13.0ゲーム差 鬼のいぬ間に?「メークレジェンド」

2008年9月の巨人、阪神の直接対決、小笠原道大に本塁打を打たれ、ベンチで渋い表情の岡田彰布監督 【写真は共同】

 阪神が独走、7月22日には阪神に優勝マジックが点灯した。しかし、北京五輪に派遣した藤川球児、新井貴浩、矢野燿大ら投打守の要がレギュラーシーズンを欠場すると、阪神の勢いが止まった。一方、巨人は夏場以降に猛追し、96年のメークドラマを超える伝説という意味合いで「メークレジェンド」と呼ばれた。

 シーズン前に、2007年打点王のラミレスと最多勝のグライシンガーをヤクルトから、31セーブのクルーンを横浜から獲得する大型補強を敢行した。そしてラミレスが打点王(125打点)、グライシンガーが17勝、クルーンが41セーブで最多セーブと期待通りの活躍を見せた。

 さらに育成出身の山口鉄也が新人王に輝き、高卒2年目の坂本勇人がレギュラーに定着。小笠原道大が36本塁打、阿部慎之助が24本塁打、高橋由伸が17本塁打をマークしたほか、谷佳知、李承燁などの実力者も揃った陣容。この分厚い手層を、原辰徳監督が巧みに操った。

 一方、阪神・岡田彰布監督は大逆転負けの引責辞任で退団となった。

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