苦戦の中でもベストを尽くすアロンソ 元F1王者は何を信じて戦い続けているのか 

柴田久仁夫

結果は厳しい。それでも笑顔を失わない

今月29日に45歳、現役最年長のアロンソ。それでもレースへの熱意は衰えない 【(C)AstonMartinF1】

 なぜフェルナンド・アロンソは、今もF1を戦い続けているのだろう。

 F1デビューは、今から四半世紀前の2001年。ルノー、マクラーレン、フェラーリなどトップチームを渡り歩き、その間に2回、世界チャンピオンになった。しかしフェラーリ時代の2013年を最後に、すでに200戦以上優勝から遠ざかっている。それどころかアストンマーティン・ホンダの今季は、ほぼ毎レース最下位近辺を走り、満足に完走もできない。それでもアロンソは、F1に参戦し続けている。衰えないモチベーションの根源は、何なのだろう。

 先週のオーストリアGPも、厳しい結果だった。予選は21番手。決勝レースは、優勝したメルセデスのジョージ・ラッセルから3周遅れの18位完走。元世界チャンピオンからすれば、屈辱以外の何ものでもない。

 レース直後のアロンソは、さすがに憮然とした表情だった。それでも「レースを完走できて、十分にデータ収集できたことは大きい。レース運営の部分でも、改善が見られる」と、語っていた。さらに前日の予選後インタビューでは、21番手にもかかわらず笑顔さえ浮かべていた。

 「確かに僕たちは、まだかなり遅い。でも今日の予選は、あらゆるコーナーを限界まで攻めることができた。そんなことは、今季初めてだったよ」。そう語るアロンソの表情は、かつてポールポジション争いをしていた頃のものだった。

マクラーレン・ホンダ時代との大きな違いとは

マクラーレン・ホンダ初年度の2015年、厳しい表情で記者の質問に答えるアロンソ 【(C)柴田久仁夫】

 かつてのアロンソ、特に2015〜17年のマクラーレン・ホンダ時代の彼を間近に見てきた者からすると、これはかなりの変貌である。当時のアロンソは、非力なマシン、チーム内の確執に苛立ちをあらわにすることが今よりはるかに多かった。ホンダ製エンジンのパワーのなさを、「(下位カテゴリーの)GP2エンジンだ」と、公然と批判したことを覚えている方も少なくないだろう。

 20世紀終盤のマクラーレン・ホンダは最強だった。その彼らが再びタッグを組んだことへの期待が大きかった分、アロンソの落胆は大きかった。しかしそれを言うなら今のアストンマーティン・ホンダへの落胆も、負けず劣らず大きいはずである。

 なにしろ世界的な大富豪ローレンス・ストロールが数百億円を投じて最新鋭のファクトリーを建設し、トップチームから優秀なエンジニアたちを引き抜いた。ホンダもマクラーレン時代の低迷から見事に復活を遂げ、レッドブルと組んだ去年までは最強PU(パワーユニット)の名をほしいままにしていた。アロンソが再び頂点を極める要素は、すべて揃ったはずだった。

 しかし上述のように、チームはスタートダッシュに失敗し、今も失速したままだ。ところがアロンソからは苛立ちの声も、表立った批判も聞こえてこない。それは、なぜなのだろう。

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著者プロフィール

柴田久仁夫(しばたくにお) 1956年静岡県生まれ。共同通信記者を経て、1982年渡仏。パリ政治学院中退後、ひょんなことからTV制作会社に入り、ディレクターとして欧州、アフリカをフィールドに「世界まるごとHOWマッチ」、その他ドキュメンタリー番組を手がける。その傍ら、1987年からF1取材。500戦以上のGPに足を運ぶ。2016年に本帰国。現在はDAZNでのF1解説などを務める。趣味が高じてトレイルランニング雑誌にも寄稿。これまでのベストレースは1987年イギリスGP。ワーストレースは1994年サンマリノGP。

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