泥沼のホンダF1 なぜ同じ失敗を繰り返すのか
「ガラポン」と「純血主義」
1980年代の第二期からホンダのF1活動を取材してきた中で、筆者が感じてきた問題点は二つある。ひとつは、せっかく培った人材やノウハウを全てなかったことにして、ほぼゼロから再出発する「ガラポン」。そしてもうひとつが、外部の知見よりも自前主義を優先する「純血主義」である。
いずれもホンダの一種のお家芸であり、社内の人間も「うちはいつもガラポンですから」などと自嘲的に使ったりする。
もちろんこれらには長所もある。次々に交代する若手エンジニアたちが古巣の生産車部門で経験を生かすことにより、組織は活性化する。外部に頼らず自力で問題を解決しようとする姿勢は、ホンダの強みでもある。
しかしF1は技術競争であると同時に、経験の競争でもある。そして現代のF1は、かつて以上に継続性と専門性が求められる。ほんの少しのギャップが、大きな差を生む。ホンダのやり方では、F1の専門家は生まれにくい。
今回の大規模なパワーユニット規約変更に際し、ホンダとは対照的なアプローチを取ったのがRBPT(レッドブルパワートレイン)だった。彼らはホンダとは逆に、外部の知見を積極的に取り入れた。フォードとの提携、他メーカーからの人材獲得、そしてホンダ時代の運用ノウハウの継承。経験不足を補うため、使えるものは何でも使う姿勢だった。まさにホンダの「ガラポン」「純潔主義」の逆を行ったわけだ。
共通する「組織作りの失敗」
アストンマーティンは莫大な資金力に物を言わせて、最新鋭のファクトリーを建設。有力チームから多くの人材も獲得した。しかし内実は玉石混交で、従業員数が急激に増えた混乱もまだ収束できていない。さらにこれまでチームを支えてきた少なからぬベテランスタッフが閑職に追いやられ、知見の継承はなされなかった。
一方のホンダも現在の苦境を見る限り、レッドブル時代の技術的な蓄積がまともに継承されたとは思えない。今回もまた、せっかく育った人材やノウハウをリセットしてしまったように見える。ならば外部の人材を取り込むことも選択肢の一つであろうが、その意思も感じられない。
アストンマーティンとホンダは、今そのツケを払っているところだ。もちろん今後、ADUO(追加開発アップグレードの機会)がホンダに与えられ、メーカー間の競争力が平準化することで、早ければ今季後半、遅くとも来季以降はライバルたちとの差は縮まっていくことだろう。しかし長くホンダのF1活動を見てきた身からすると、ホンダは何度同じ過ちを繰り返すのだろうと嘆息してしまうのだ。
(了)