3階級制覇を目指す寺地拳四朗が戦い続ける理由 もっと“人間らしく”ならないと――

船橋真二郎

昨年3月の統一戦が世界戦の年間最高試合賞に選ばれ、そろって表彰を受けた寺地拳四朗(右)とユーリ阿久井政悟(2026年2月17日) 【写真:船橋真二郎】

 受け取る側の思いを汲んだ立派なスピーチだった。舞台袖で見守り、耳を傾けていた取材者の胸には少なくともそう響いた。

 今年2月17日に東京ドームホテルで開催された2025年のプロボクシング年間表彰式。最終12回に劇的な決着を見たユーリ阿久井政悟(倉敷守安)とのフライ級王座統一戦が年間最高試合賞に選ばれ、プロモーターの帝拳ジム・浜田剛史代表、「戦友」とともに壇上に立った寺地拳四朗(BMB)はマイクを手にこう切り出した。

「2度目の年間最高試合をもらえて、すごく幸せです。ユーリ選手とは、ほんとに激闘をしまして、あの試合でこれをもらえたことはすごく光栄です」

 それから続けて発したのは、誰も想像しなかったことだった。

スピーチの裏に込められた思い

「最近の試合で言うと、サウジの試合があって、相手がすごく強かったんですけど……あっ!試合なかったんや……すみません、間違えました(笑)。今年もまた頑張って、世界チャンピオンになります。また応援よろしくお願いします」

 会場に小さなざわめきと笑いが起き、少し照れたように笑いながら拳四朗がスピーチを締めくくると大きな拍手が広がった。

「笑っていいのか、ちょっと迷いましたけど……」

 司会を務めるフリーアナウンサーの赤平大さんがもらした素直な戸惑いは、誰もの頭によぎった思いを代弁するものだったかもしれない。

 昨年末12月27日、サウジアラビアで開催の大型興行「ナイト・オブ・ザ・サムライ」で実現するはずの拳四朗の世界3階級制覇をかけた一戦は、両者が前日計量をパスした数時間後、試合前夜にチャンピオン側が訴えた体調不良でまさかの中止に。

 それは、可能性が取りざたされていた当時の世界スーパーフライ級3団体統一王者、バムことジェシー・ロドリゲス(米)とのキャリアの集大成となる4団体王座統一戦が、戦わずして遠のいてしまったことも意味していた。

 それでも、試合当日には自身が戦うはずだった会場を訪れ、長くコンビを組んでいる三迫ジムの加藤健太トレーナーと気丈にメディアのインタビューに応じた。

 込み上げてくる感情を抑えきれずに一度は泣き崩れ、涙で声を詰まらせながら取材に応じる様子は配信の「Lemino」などを通じ、多くのボクシングファンが目にしていた。

 自分は大丈夫、元気ですよ――。

 自虐とも取れるユーモアをまじえ、そんなメッセージを届ける姿が34歳になった今も戦い続ける理由と重なったのだ。

試合中、ふと「負けてもいいか」という心が……

2025年の年間最高試合賞に選出された寺地拳四朗(右)とユーリ阿久井政悟のフライ級王座統一戦。最終12回に劇的な決着を見た 【写真:ボクシング・ビート】

「試合中、『ここで諦めたら、終わるな』みたいなのがあるんですよ。戦ってるときに、ふと『負けてもいいか……』みたいな心が出てきたりもするんです」

 拳四朗が吐露したのは1年前。阿久井との統一戦から18日後、昨年3月31日に開かれた年間表彰式のあと、専門誌『ボクシング・ビート』でインタビューしたときだった。

 ここ数年、見る者の心を動かす激闘、熱戦を演じ続けてきた。ギリギリの勝負を幾度も乗り越えてきたボクサーの極限の心理を垣間見た思いだった。

 一方で、キャリアも年齢も重ね、試合に向けて話を聞くたびにボクサーとしての自分のゴール、そして、その後を口にするようになってきていた。

「あと何試合、あと何年続けられるか。分からないですけど、負けたら終わっちゃうんで。勝たないと続けられへんし、僕は決まった試合に勝っていくしかないです」

 昨年7月30日、2本のベルトを失い、無冠となったリカルド・サンドバル(米)戦の前もそんな話をしていた。

「やめるつもりはないので」と加藤トレーナーに気持ちを伝えたのは、4年ぶりの負けから2日後。迷いはなかった。

 戦い続ける理由は、阿久井戦のように厳しい戦いを強いられたリング上で諦めそうになる心を奮い立たせ、踏みとどまってきた理由とも同じだった。

「ここで負けたら、みんな傷つくやろうな、あのお通夜状態がまた来るのか……とか、考えるんですよ。頑張らな、となりますよね。1回、負けてるからこそ、負けられへん気持ちが強くなりました。昔よりもっと」

 サンドバル戦の直後、真っ先に脳裏に浮かんだのも応援してくれる人たちの顔だったという。

「いい負け姿というか。みんな悲しんでるんだろうな、みたいに言ってましたし、自分のことより、まず他者を思うところに成長が感じられました」

 そう振り返った加藤トレーナーが、敗れてもなお戦い続ける大きな理由、現役続行の意向を伝えてきたときの拳四朗の言葉を教えてくれたのは、昨年末のサウジアラビアに向けた取材の際、三迫ジムの担当選手の練習をすべて見終えた夜遅い時間だった。

「僕はもっと“人間らしく”ならないといけないんです」

 すでに本人は帰路についており、それ以上、ずっと聞けないままだった。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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