週刊MLBレポート2026(毎週木曜日更新)

「心が折れかけた」小笠原慎之介が巨人入団を決めた舞台裏  「野球をやめることも考えた」悪夢の日々を越えて

丹羽政善

6月18日、巨人入団会見に臨んだ小笠原慎之介。その決断の背景に迫る 【写真は共同】

2Aで突きつけられた現実

「正直、心が折れてきちゃいました。代理人に相談しようと思っています」

 巨人への入団が決まった小笠原慎之介から連絡があったのは、4月下旬のこと。3Aローチェスターに上がったばかりだったが、実はそこに用意された先発の枠はなく、役割としては、けが人の代わり、あるいはダブルヘッダーで先発が足りないときに投げるスポットスターター。それはすなわちメジャー昇格の道から外れていることを意味し、小笠原はその現実と向き合っていた。

「3Aに上がって“アピールを”と思ったのですが、枠がないと言われたら、(昇格の)可能性がゼロに近いのかなって」

今年4月、ナショナルズ傘下の3Aロチェスターで登板した小笠原慎之介 【写真は共同】

 2Aなら先発枠があるということで、わずか2週間で2Aに戻った小笠原と遠征先のオハイオ州アクロンで会ったのはそんなときだったが、そのときにはもう、意思は固まっているようだった――「話があれば、日本も含め、求められているところへ行こう」と。

 5月1日、ガーディアンズ傘下の2Aアクロン戦で先発。その試合には、複数の日本球団のスカウトらがネット裏に陣取っていた。その時点で、今回の流れは時間の問題だったのかもしれない。

 そもそもは昨年、彼を獲得したマイク・リゾGMが解雇され、GMだけでなく、監督、投手コーチらが総入れ替えとなったことで、この流れは始まっている。球団の方針が変わり、投手の能力評価において、繊細な投球術というより、分かりやすく球速が重視されるようになった。小笠原は、昨年の4シームの平均が91.1マイル。最速は93.8マイルだったが、その最速値付近まで平均を上げることを求められた。

「もちろん、上げようと取り組んできましたけど、平均で2マイルって、簡単じゃないですからね」
  
 5月1日以降、小笠原は2Aで7試合に先発。40回2/3を投げ、29安打、11失点(自責点10)、10四球、42三振、防御率2.21。2Aの投手陣の中では、突出した数字を残していたものの、小笠原に声がかかることはなかった。

「こうなったら上がるとか、明確な言葉もない。結果を残しても同じ。ああ、そういうことか、となりますよね」

 改めて小笠原は、現実を知ることになる。このチームではもはやチャンスがないことを。

 いや実際は、ナショナルズも小笠原の好投に目を向け始め、昇格を検討し始めた矢先ではあった。しかし、それを言葉にして伝えるコミュニケーションが十分だったかといえば、そうではなかったのかもしれない。

 背景をたどると、ボタンの掛け違いという側面も透けるが、皮肉にもそれが、小笠原にとってモチベーションになった。5月の数字についてはすでに触れたが、メジャーに行けず、くすぶるベテランも多い3A以上に2Aには、各チームのプロスペクトが揃っている。結果を出すことは、2Aだからといって容易ではないが、小笠原はそこにこだわった。

「他の29チームが見ているかもしれない。日本の12球団が見ているかもしれない。だから、2Aに来てからは、とにかく自分のレベルアップに集中しました」

 逆境でこそ、その選手の真価が問われる。やる気を失って不満を漏らすのか。誰かのせいにするのか。ただ小笠原は、「これも自分の蒔いた種」と割り切り、どうしたら自分で刈り取れるかを考えた。

「野球をやめることも考えましたけどね」

 それはしかし、それまでの自分を否定することになる。そこで踏ん張った。結果さえ残せば、他から声がかかるのではないか。結果的に、「必要とされるところで投げたい」という心の奥底の叫びを汲み取ったのは、ナショナルズではなく、巨人だった。

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著者プロフィール

1967年、愛知県生まれ。立教大学経済学部卒業。出版社に勤務の後、95年秋に渡米。インディアナ州立大学スポーツマネージメント学部卒業。シアトルに居を構え、MLB、NBAなど現地のスポーツを精力的に取材し、コラムや記事の配信を行う。3月24日、日本経済新聞出版社より、「イチロー・フィールド」(野球を超えた人生哲学)を上梓する。

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