吉井理人「なんで思った通りに...」ロッテ監督時代の大後悔 どうしても抑えられなかった宿敵・新庄剛志【野球人生相関図】
どうしても抑えられなかった宿敵・新庄剛志
いっぱいいますね。同世代で勝てないと思った選手はグレッグ・マダックス。(私と)体格もよく似ていて、球速もよく似てるんですよ。ツーシームとチェンジアップ、たまにカットボールを投げる具合で。前に飛ばないんですよ。100球以内で完投することをマダックスって言うじゃないですか。それぐらいコントロールも良くて、結構三振も取るんですよ。
マダックス自身は「奪三振は過大評価されている」とか言ってるんですけども、自分も結構三振を取るんですよね。三振取ってゴロを打たせるピッチャーなんで、それは点が入らないですよね。マダックスくらいだったらやっつけられるかなと思ったんですけども、とんでもない。足元にも及ばないです。もう到底かなわないですね。
――バッターで苦手だった選手は?
これはもう新庄剛志。彼は本当にどうしても抑えられなかったので。1点リードで勝っていて9回にホームランとか結構あったので。
アメリカでは新庄との対戦が1打席ぐらいしかなかったんですが、その時は運良く打ち取ることができました。(吉井が)ヤクルト、(新庄が)阪神の時代は、当時の阪神そんなに強くなかったけど、新庄は抑えられなかったですね。
可愛がっていた後輩・平野佳寿
彼はそう思ってるかどうかわかんないんですけど、平野佳寿(オリックス)ですね。
彼もメジャーに行くんですけども、同じ先発ローテーションだったから、上がりの時に一緒に帰ってきて飲み歩いたりとかそういうのはなくて、ファミレスに行ってご飯を一緒に食べて帰ったりとか。そういうことはよくしましたね。懐いてくれるというか、色々質問してくれますし、一緒に行こうかと言ったら「行きます!」と言ってついて来てくれました。
野球選手としても向上心があって、野球に取り組む姿勢も見所があったんでね。そういうところも好きでしたよね。
野球人生で「一番後悔した」試合
失敗した時の方が残ってるんですよね。(侍ジャパン投手コーチの)2023年のWBC決勝戦も気持ちよかったんですけど、失敗で強烈に残っている試合が1試合あるんですよね。(ロッテ監督時代の)2024年のCSファーストステージの第2戦の継投です。
初戦、佐々木朗希で勝ったんですよ。2戦でファイナルステージ進出を決めたいと思ったんで、小島(和哉)を先発させたんですけども、種市(篤暉)をリリーフに待機させて、「小島・種市で行くぞ!」って試合前に決めていました。2点リードしてたので、7回から9回まで種市に投げさせても良かったんですけど、そこをいつものリリーフ陣で行って。それを分かってて使って結局サヨナラ負けになっちゃったんですよね。
だからあそこでなんで自分の思った通りやらなかったのかっていう。これが今でも強烈に後悔として残ってます。自分が決めた作戦はやり通すべきだっていうのは思いました。なんで変えたのかなっていうぐらい本当に後悔しました。
――良い方で印象に残っている試合は?
いや、でも良い方で印象に残っている試合はないんですよね。やっぱり失敗したことの方が覚えてるんで。
(1989年に)原辰徳さんに日本シリーズで満塁ホームランを打たれたこととか。そういう方が鮮明に覚えてて。プロ初勝利はもうほとんど覚えてなくて。メジャーに行った時に「あ、これ2回ルーキー初登板味わえるってないな。噛み締めて投げよう」と思ったんですけども、どんな試合だったか覚えてないんですよね。