「打撃の神髄」は誰かに引き継げるものなのか 栗山巧、一軍で得た新しい感覚と残された時間と
僕の打撃は、行きつくところ僕だけのものだから…
もしもこれが、誰かに引き継いで続きをやってもらえるようなものであれば…。
自分に残された時間の中で、可能な範囲で取り組むことにも価値があるかもしれません。でも、あらゆるプロスポーツにおいてそうだと思うのですが、僕の打撃も結局は、僕だけのもの。誰かに引き継げるようなものではない。
もちろん、多くの人に共通する打撃の原理、原則というものはあります。
それから、経験則というものもある。「こういう状況だと、たいていこういうことが起きる」というような知識も、ほかのアスリートと共有することは可能です。
一方で、そのアスリートが培ってきた感覚については、ほかの誰とも共有できるものではないような気がします。
プロアスリートの技術は、「原理/原則」や「経験則」のような共有可能な領域と、「感覚」のような共有不可能な領域が組み合わさってできている。だから、その人の技術はその人の技術であって、そのまま誰かが引き継げるようなものではないのかなと。
現役のうちにしか目指せない、打撃の「神髄」
でもそうやって研究を尽くされている方ほど、絶対に「理想の打撃とはこうだ」ということをおっしゃらない。それは「トップアスリートならではの感覚」というような共有不可能な領域にこそスポーツの神髄があると、リスペクトをもって考えてくださっているからだと思います。
かつての名中継ぎ投手で、今は球団のデータ統括チーフ兼ヘッドアナリストをつとめる武隈祥太も、同じような話をしてくれます。「栗山さんの打撃は、25年間の競技人生があってのものだから、栗山さんだけのものなんですよ」と言うように。
「原理/原則」「経験則」と「感覚」を組み合わせて理想の打撃を目指していく、という取り組みは、つまるところ自分の現役生活のうちにしかできない。今回の一軍帯同の時期に得た学び、新しい感覚も加えて、何とかひとつの境地にたどり着きたい。
そしてその姿を、ずっと支えてくださったファンの皆さんにみていただきたい。あらためて強く、そう思っています。
【協力・株式会社西武ライオンズ 広報部、構成・塩畑大輔】