感覚を思い出したのは「めっちゃ直近」 崖っぷちでもブレない北口榛花の強さ
6月12日に陸上の日本選手権1日目が行われ、女子やり投げは62m86をマークした北口榛花(JAL)が2年ぶりの優勝。アジア大会の選考基準をクリアし代表入りを決めた。競技後、北口は「まだまだ記録的には喜べないけど、ちょっと兆しが見えたかな」と前を向いた。
現在の北口は、決して順風満帆な位置にいるわけではない。昨年の世界陸上ではまさかの予選落ちを喫し、今季も初戦のセイコーゴールデングランプリ(GGP)や2戦目のダイヤモンドリーグで60m台の記録にとどまり5位、7位と低迷。「シーズン前半は、投げられる感じがしなかった。時々、アジア大会を諦めたくなるときがあった」と明かすほど、トンネルの中にいた。周囲のレベルが底上げされている国内選考。2枠あるアジア大会代表の座を逃しかねないシビアな状況だった。
その緊迫感は、大会序盤のピットの上にも表れていた。
1投目は「ここ最近ずっと多い」という右へそれる軌道になり、57m49。続く2投目は「そろり」と投げて59m21。ここで「この感じで59m(台)なら、もっと絶対投げられる」と自信を深める。3、4投目はひねりを足したり、スピードが止まらないようにしたりと一つ一つトライしていった(記録は3投目57m64、4投目58m77)。
しかし、周囲のレベルも上がっている。全体が4投目を終えた時点での北口の順位は、まさかの3位に沈んでいた。このまま終われば代表落ち。独特の緊張感がスタジアムを支配していく。序盤の投てき後のしっくりこない表情や頭を軽く抱える仕草を見ると、さらに不安は増した。
だが、当の本人はどこまでも前を向いていた。後からその場面を振り返り、「あ、あと2投ある(笑)。で、あんまり考えてなかったんですけど、でも流れに乗りたいなっていうのはすごく思いました」と笑い飛ばす。この難しい局面をむしろ楽しむかのような肝の据わり方こそが、彼女の最大の武器だった。
5投目の大逆転と目指す高み
北口が投てきしたやりはぐんぐんと距離を伸ばす。それに呼応するかのようにスタジアムに詰めかけたファンの声援も大きくなっていく。そして、60mラインを超えたときにはどよめきに近い盛り上がりが会場を包み込んだ。
結果的にこの一投が優勝記録となったが、そこに至るまでは「いろいろ考えながら投げていた」という。
「考えられること、考えなきゃいけないことを減らして、ようやく『試合』みたいな感じで投げられたと思います」
こうして今季自己最高の62m86につながった。女王はしっかりと勝ち切った。
なぜ今季は記録が伸びていないのか。一つはフォーム変更の真っただ中にあるためと言える。今年に入り北口は、五輪3度の金メダルで男子やり投げの世界記録を保持し続けているレジェンド、ヤン・ゼレズニー氏に師事しており、やりの引き方、助走の仕方など大きな変化に挑戦している。
今回、記録を出した5投目を振り返っても、「いろいろな人に聞いたら、ヤンの(助走時の)右・左は、もう誰もが目指す右・左だと。それを自分にも授けてくれようとしているのかなと。その右・左を早く突く、進みながら早く突くっていうのをやりたいんですけど、今日は進み足りない……」と、まだまだ“改造”の余地があることを明かした。世界陸上での悔しさを経ても目指すはさらなる高み――それは70m超えだと北口はかねてから明言しており、そのために大きな挑戦を己に課している。