サッカー日本代表と広報にとっての8度目のW杯 先人たちの試行錯誤は何をもたらしたか?
カタール大会での勝因と2期目を迎えた森保体制
JFA(日本サッカー協会)が森保体制の継続を決断した背景には、カタール大会での結果のみならず、この4年間で構築されたチームマネジメントや組織運営への評価も含まれていたのは間違いない。とりわけ現場では、選手、スタッフ、そしてメディアとの関係性が、これまで以上にスムーズに機能していたという声を多く聞く。
「カタール大会では、選手とスタッフとメディアの良い循環ができていたように思います」と語るのは、この大会でメディアオフィサーを務めていた種蔵里美である。
選手たちがメディアに接する時間は、極めて限られている。長くても10分くらいだろう。「その限られた時間が、結果的に選手のパフォーマンスに返ってくる部分はある」というのが彼女の持論。そして、こう続ける。
「別にメディアと仲良くしよう、ということではないんです。自分たちが伝えたいことを、メディアを通じて発信していく。その結果、世の中から応援していただける空気が生まれれば、チームにとってプラスになります。逆にもし、不用意な発信や対応があれば、それもまたメディアを通じて広がり、批判や重圧となって返ってきてしまう。そういう循環は、確実に存在していると思います」
代表選手たちは、世界の舞台で戦うプロフェッショナルであり、批判や重圧を受け止める術(すべ)も知っている。それでもネガティブな空気が積み重なれば、精神面だけでなく、プレーにも影響を及ぼす可能性は否定できない。だからこそ種蔵は、広報を単なる情報管理ではなく、チームを取り巻く環境そのものを整える仕事であると捉えていた。
「今はSNSもありますけど、メディアを通じて届く範囲は、自分たちだけでは届かない広さがありますよね。だからこそ、その循環が少しでも良い方向に向かうように、環境を整えていく。それが広報の役割なんじゃないかと思っています」
当連載の最終回を迎えるにあたり、今回は「世界基準の広報」について考察していく。その前に、あらためて広報という仕事の定義について確認しておきたい。当連載では便宜上「広報」という言葉を使っているが、初代メディアオフィサーの加藤秀樹には、少なからぬ違和感があるようだ。その理由について、当人はこう語る。
「一般的に『広報』というと、情報を発信して露出してもらう仕事のイメージが強いと思います。日本代表のメディアオフィサーの業務にも、そうした要素があることは間違いない。ただし国際舞台で競争し、勝利が強く求められる場合、『それ以外にも優先すべきものがある』ということだと思います」
自身の仕事について、より実態に近い日本語は「報道担当」という表現だと加藤は語る。しかし当連載では、それでは読者のなじみは薄いと考え、役職としての「メディアオフィサー」を使いつつ、あえて「広報」という表現を用いてきた。そのうえで、あらためて加藤に、メディアオフィサーが果たすべき役割について言語化してもらった。
「まず前提として、選手たちが試合で最大限の力を発揮できる環境を整える必要があります。同時にメディアのためにベストの環境を整える。それが結果として最高の成績につながり、メディアを通じて多くの情報を届けられたとき、『メディアオフィサーの仕事が達成できた』と言えるのではないかと思います」
世界から何を学び、何を変えてきたのか?
すでに述べた通り、加藤はメディアオフィサーとなって以降、イングランドで開催されたアンブロカップ(1995年)とユーロ96を視察することで、「世界基準」の考え方を日本に持ち帰っている。そして2006年のW杯ドイツ大会をはじめ、多くの大会でFIFA(国際サッカー連盟)メディアオフィサーを務めてきた。
「FIFAで求められることは、日本代表の現場と基本的には同じです。担当する会場では、試合をするチームや取材に訪れるメディアをサポートして、混乱のない運営を実現する。中立の立場ですが、日本の特殊な状況を共有することで、運営がスムーズになることもある。日本語でコミュニケーションをとれるので、日本代表や日本メディアにはプラス面もあったと思います」
その上で加藤は「FIFAの仕事をしてわかったことは、日本人の特性もアドバンテージになるということです」と続ける。
「私自身、FIFA公式言語を流暢に話せるわけではないですが、仕事の確実性であったり、細部の改善の積み重ねであったり、他人をリスペクトする姿勢であったり。それを評価してくれる人が必ずいる。そして一度、信頼を得て仲間に入ることができれば、違う景色が見えてきます」
FIFAから持ち帰った経験や知見は、2014年のブラジル大会を戦った、アルベルト・ザッケローニ率いる日本代表にも生かされていた。
「ザックさんの4年間では、チームとメディアの環境を整えることに加え、ファンやサポーターの方からの共感と支援が、これまで以上に得られたと感じています。ザックさんや選手たちの考えを伝えていくことを心掛けてきましたが、その方法の中には、FIFAの経験を生かせたものもありました」
2006年のジーコジャパンと14年のザックジャパンは、いずれも「史上最強」の呼び声が高く、大いに注目を浴びながらも3試合で終戦を迎えている。ところが前者が業界全体で冷え込んだのに対し、後者は大会前からザックジャパンへの共感が醸成されていたため、観客数や視聴率が大きく下がることはなかった。
加藤は決して「海外は進んでいる」と礼賛しているわけではない。また、欧州の取材現場でうまく機能しているメソッドが、そのまま日本の現場にアジャストするとも考えていない。日本には独自の取材スタイルや現場の作法があり、長年にわたって培われてきた文化があり、さらには世界から評価されている面もあるからだ。
「それらを度外視して、世界のトレンドを導入しても、機能しない可能性は十分にあり得ます。正解はひとつではない。国民性や習慣、取り巻く環境、かけられる予算など、すべてが同じではないんです。いろいろなものを見たり、知ったりすることは大事ですが、日本には日本の良さがあり、日本に合ったやり方もあると思います」
広報の仕事には、FIFAやAFC(アジアサッカー連盟)、対戦国の協会、外国メディアとの調整があるため、一定以上の語学力が求められる。それとは別に、取材現場をバージョンアップするための「翻訳」力も求められる。そうした観点から、あえて加藤に問うてみた。日本の広報は、世界基準に達していると言えるのだろうか。
「単純に比較できるものではないと思いますが、多くの人の理解と協力によって、日本代表ではしっかりとした環境が整えられていることは間違いない。ただし、常にアップデートしていく必要はあります。世の中、ずっと変わり続けるものですから」