ハミルトンが1年半ぶりの2位表彰台 F1王者復活の陰にあった「声」

柴田久仁夫

F1ドライバーを変える「声」

ハミルトンが「僕の兄弟だ」と絶大な信頼を置いたピーター・ボニントン(写真右) 【(C)MercedesF1】

 そして最後の要因が、「担当エンジニア」である。

 メルセデス時代のハミルトンの活躍は、ピーター・ボニントンという担当エンジニアの存在なしには語れない。12年間、勝利も敗北も共有してきたボニントンを、ハミルトンは「僕の兄弟だ」「レース中の無線を聞けば、僕たちの関係性が分かる」と、単なるドライバー、エンジニアの関係性を超えた深い信頼関係を語っている。

 当然ハミルトンは、ボニントンをはじめとする「チーム・ハミルトン」の面々を、フェラーリに連れて行くつもりだった。しかしメルセデスが手放さず、ハミルトンはたった一人でフェラーリに移籍した。こうして最初にハミルトンと組んだのが、イタリア人ベテランエンジニアのリカルド・アダミだった。セバスチアン・ベッテルに高く信頼され、ハミルトン担当になったのもベッテルの推薦だ。しかし二人の関係は無線のやり取りを聞くだけでも、決してスムーズなものではなかった。

 マシンの状態を問うハミルトンに、「確認して折り返す」と繰り返す。そっけない英語の言い方に「僕に怒ってるのか?」とハミルトンが返したこともあった。戦略の決断の遅れには、「だったら、お茶でも飲んでてくれ」と、ハミルトンが切れたりもした。ただしハミルトン自身は一貫して、「リカルドとの関係は素晴らしい」「お互いのやり方を学んでいる最中だ」と、アダミを批判することは一切なかった。

速さとは信頼関係の産物である

新たな相棒カルロ・サンティ(写真右)を得て、ハミルトンにもようやく笑顔が戻った 【(C)ScuderiaFerrari】

 しかし今年の開幕前、フェラーリはアダミを別職へ異動させ、ハミルトンには新たにカルロ・サンティを付けた。F1エンジニアのキャリアは長いが、ドライバーを直接担当するのは初めてだった。ハミルトン自身、「また新しい関係を構築しないといけない」と、開幕前には不安を口にしていた。

 ところが今のところは、去年のようなイライラした無線はほとんど聞かれない。サンティの質問やコメントはかなり簡潔で、必要なことを必要な時だけ話す印象だ。それがハミルトンに合っているのかもしれない。もちろん今季のハミルトンの好調の直接的な理由は、「マシン性能の向上」と「ハミルトンのフェラーリへの適応」であるのは確かである。

 しかし同時に、「担当エンジニアとの信頼関係の再構築」も、決して軽視すべき要素ではない。たとえどれほどの才能を備えていても、F1ドライバーは一人では速くなれない。信頼できる「声」によって支えられているのだ。今回のボニントンからアダミ、サンティへのエンジニア交代は、ハミルトンが「自分の言語を理解してくれる相手」を再発見するまでの物語と言えるだろう。

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著者プロフィール

柴田久仁夫(しばたくにお) 1956年静岡県生まれ。共同通信記者を経て、1982年渡仏。パリ政治学院中退後、ひょんなことからTV制作会社に入り、ディレクターとして欧州、アフリカをフィールドに「世界まるごとHOWマッチ」、その他ドキュメンタリー番組を手がける。その傍ら、1987年からF1取材。500戦以上のGPに足を運ぶ。2016年に本帰国。現在はDAZNでのF1解説などを務める。趣味が高じてトレイルランニング雑誌にも寄稿。これまでのベストレースは1987年イギリスGP。ワーストレースは1994年サンマリノGP。

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