ハミルトンが1年半ぶりの2位表彰台 F1王者復活の陰にあった「声」

柴田久仁夫

2024年以来の2位表彰台

今季最高位の2位表彰台に上がったハミルトン 【(C)ScuderiaFerrari】

 長いトンネルの出口が、ようやく見えてきたのかもしれない。

 先週末のF1カナダGPで、フェラーリのルイス・ハミルトンが今季自己最高となる2位表彰台を獲得した。ハミルトンが決勝で2位以上に入ったのは、メルセデス時代の2024年ラスベガスGP以来、実に1年半ぶりのことだ。

 7度の世界王者として鳴り物入りでフェラーリへ移籍したのが2025年。しかしここまでの道のりは、決して平坦ではなかった。移籍1年目は予選でも決勝でもチームメートのシャルル・ルクレールに後れを取り、4位が最高位だった。2007年のF1デビュー1年目からタイトルを争ってきたハミルトンは、その後どんなに所属チームが不調な時でも、複数回の表彰台を獲得してきた。

 それが去年は、一度も表彰台に上がれず。キャリア19年目にして初めての、大きな挫折だった。すでに40歳を超えていたこともあって、「絶対王者の時代は終わったのではないか」との声さえ上がっていた。だがフェラーリ2年目の今季は、レースを追うごとに好調さを増している。そして先週カナダの2位表彰台で、選手権4位に躍進。3位ルクレールに3ポイント差まで肉薄した。

なぜここまで苦しんだのか

多くのドライバーがミスを犯す中、ハミルトンは完璧な走りを見せた 【(C)ScuderiaFerrari】

 7回のタイトル獲得、通算105勝、ポールポジション104回。数々の記録を塗り替えてきたハミルトンがここまで苦しんだ要因は、いくつかある。

 まずは「グランドエフェクトカー」である。去年までのハミルトンは、これへの適応に大いに苦しまされた。2022年から導入されたこの仕組みは、マシン下部に流れる超高速の気流で強大なダウンフォースを発生させ、とんでもない速度でのコーナリングを可能にした。

 ところがハミルトンは不安定なマシン挙動に手こずり、勝利数も表彰台の回数も大きく減ってしまった。もちろんメルセデス自体が、十分に戦闘力のあるマシン開発に失敗したことも大きい。しかし当時チームメイトだったジョージ・ラッセルが、ハミルトン以上の結果を出していたことを見れば、彼自身が適応に苦労していたことは明らかだった。

 そして二つ目が、「フェラーリ製PU(パワーユニット)」だった。ハミルトンは2007年のF1デビュー以来、去年フェラーリに移籍するまでの18年間、ずっとメルセデス製エンジン、及びPUを使ってきた。そこからフェラーリ製PUへの変更に、ハミルトンは予想以上に苦労した。中でもフェラーリPU独自のエンジンブレーキが、難物だった。

 ハミルトンは去年の開幕戦で、「フェラーリではエンジンブレーキをかなり多用する」と、戸惑いを語っている。F1ドライバーにとってブレーキングは、速く走るための必須の行為だ。そしてハミルトンは長年、メルセデスPUに合わせた減速方法、車両姿勢の作り方、コーナー進入の感覚を身体に刻みつけてきた。ところがフェラーリPUでは、エンジンブレーキの使い方、そして感覚そのものが違ってしまったのだった。

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著者プロフィール

柴田久仁夫(しばたくにお) 1956年静岡県生まれ。共同通信記者を経て、1982年渡仏。パリ政治学院中退後、ひょんなことからTV制作会社に入り、ディレクターとして欧州、アフリカをフィールドに「世界まるごとHOWマッチ」、その他ドキュメンタリー番組を手がける。その傍ら、1987年からF1取材。500戦以上のGPに足を運ぶ。2016年に本帰国。現在はDAZNでのF1解説などを務める。趣味が高じてトレイルランニング雑誌にも寄稿。これまでのベストレースは1987年イギリスGP。ワーストレースは1994年サンマリノGP。

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