サラー、ロバートソンとの別離 そしてペップの退任で実感した一時代の終焉
サポーターの愛と感謝、惜別の悲しみが込められた絶叫
これが2025-26シーズンの最終戦を取材して筆者が痛烈に実感したことだった。
森保一監督が北中米W杯の日本代表メンバーを発表した翌日の5月16日(現地時間、以下同)、ブライトンで三笘薫を担当する広報官のチャーリーから悲しいメッセージが届いた。曰く「最終戦後のカオルの取材はなくなった」というものだった。
実は怪我が軽傷で代表に招集されれば、最終節――もちろん試合には出場できないが――の試合後、三笘にW杯の抱負を聞く懇談会が行われることになっていた。そのため、最終節はブライトン・ホームのマンチェスター・ユナイテッド戦に行く予定だった。
しかしご存知の通り、我らがエースのハムストリングの故障は重傷。後ろ髪を引かれる思いで、遠藤航が復帰しそうなリバプール最終戦の取材に変更した。
5月24日、アンフィールドは素晴らしい好天だった。この最終戦は、過去9年間リバプールを支えたモハメド・サラーとアンディ・ロバートソンの2人が赤のユニホームを身にまとう最後の試合になった。
怪我で離脱していた遠藤は、このシーズン最終日に復帰してベンチ入りを果たしたが、出番がなかったことで取材に応じず、残念ながら彼と話す機会はなかった。
しかしながら、偉大なモー・サラーと、左サイドバックで火の玉のようなパフォーマンスを見せてスコットランド代表主将まで上り詰めたロバートソンの最終戦に立ち会ったことは本当に光栄で、ユルゲン・クロップの最終戦と並んで、筆者の一生の思い出となる試合になった。
試合結果は1-1ドローであったが、そんなことは二の次だった。試合開始前からアンフィールドには2選手の名前が交互にこだました。
「モー・サラー! モー・サラー!」「アンディ、アンディ、アンディ、アンディ・ロバートソン!」
サポーターの愛と感謝、惜別の悲しみがその絶叫に込められていた。
本当に聞いているだけで胸が熱くなるようなチャントだった。
この試合ではまた、例外的に呼ばれた名前も2つあった。一つは亡き彼の背番号にちなんだ前半“20”分と、試合終了間際に歌われたディオゴ・ジョッタのチャント。そしてもう一つは、この試合では対戦相手ブレントフォードの中盤でプレーしたが、クロップ時代のヘヴィメタル・フットボールをピッチ上で体現し続けた元キャプテン、ジョーダン・ヘンダーソンとの再会を祝うチャントだった。
サラーもロバートソンもそれほど期待された選手ではなかった
ロバートソンも美しく大きな弧を描くクロスをいくつか放って、かつてトレント・アレクサンダー=アーノルド(現レアル・マドリード)とのサイドバック・コンビで、2人揃ってDFとしては驚異の二桁アシストを記録した片鱗を見せて場内を沸かせた。
もともとサラーもロバートソンも、それほど期待された選手ではなかった。サラーはチェルシーで芽が出ず、セリエAを経由してプレミアリーグに復帰した。移籍金は約3500万ポンド(現在のレートで約75億円)だった。昨今の市場なら中堅選手の価格。二桁ゴールが期待できるアタッカーなら最低でもこの倍額が必要だ。無論、9年前でも比較的安価な移籍金だった。
ロバートソンの移籍金はなんと800万ポンド(同約17億4400万円)。プレミアリーグとチャンピオンシップ(英2部)を行き来するクラブだったハル・シティから強豪リバプールへの身の丈を大きく超える移籍で、期待薄だったのは当然だった。
ところが2人ともクロップの魔術と戦術にぴたりとハマって大化けした。
その後の活躍を詳細に書くと、それだけで一冊の本になりかねないのでここでは控えるが、2人が揃って所属した9シーズンでリバプールは2度のリーグ優勝を果たし、2018-19シーズンには欧州チャンピオンズリーグも制覇。合計9つの主要トロフィー獲得に貢献し、大柄なドイツ人カリスマ監督とともにイングランド北西部の港湾都市に多大なる幸福感をもたらした。
後半28分、まずサラーがジェレミー・フリンポンと交代して、アンフィールドのピッチを去った。
そこで異例の光景が生まれた。リバプールのチームメイトがピッチを去るサラーのためにその両脇に並び、いわゆる「Guard of honour」(ガード・オブ・オナー。“栄誉の護衛”とでも訳すか。偉大な人物を送るための隊列)の形を作り、エジプト王の最後を飾った。
その瞬間、さざ波が立ったかのように観客が総立ちになり、ものすごいスタンディングオベーションが巻き起こった。
もちろん後半37分のロバートソンの交代時にも同じことが起こった。そして2人が生み出した光景が、筆者に「ジ・エンド・オブ・アン・エラ」、一時代の終焉を痛切に感じさせたのである。