塩貝健人と藤田譲瑠チマの明暗を分けたもの ドイツ組が出した“強度”という問いへのそれぞれの答え
チームのスタイル変更で藤田の強みが……
藤田の場合、問われたのはボランチというポジションが要求する強度だった。もともと戦術的かつ攻撃的なザンクトパウリのスタイルは藤田の資質と重なるように見えたが、シーズン途中から勝ち星が遠のいたことでチームは守備的なスタイルに着手。これによって技術的な要素よりも、ブンデスリーガらしい球際の激しさや守備の強度がボランチに求めることになり、藤田の強みが出しづらい状況となった。
結果、シャドーへのコンバートで高い位置での技術は生きたが、本職とするボランチで基準を満たせなかったことが、最終的にW杯の選考に影響したのは否定できない。
高井はまた別の話だ。1月加入という限られた時間の中で、ブンデスリーガのフィジカル水準そのものに適応し切れなかった。ポジション云々以前に、まずその土台を作る時間が足りなかったのだ。
後方からのビルドアップや空中戦の強さなど、十分に通用するところも見せたが、スピード感やボールを奪い切る技術、連続したプレーの中での判断といった部分で物足りなさが否めず、さらには怪我もあってスタメン奪取には至らなかった。今季という単位で見れば強度の壁は厚かったと言えるだろう。
ブンデスで学んだ塩貝が生み出した価値
加入直後はすべてフルパワーでやりすぎて、守備から攻撃へのトランジションでついていけない場面が散見したが、途中起用が増えたことでその点が整理され、力の出しどころが研ぎ澄まされていった。局面を変えるジョーカーとしての存在感はNECでプレーしたオランダ時代と変わらず、その一発の怖さが評価され、W杯のメンバー入りへとつながった。
強度を完全に手中に収めたわけではない。ただ、学んだことで別の形の価値を生み出したのだ。
最後に、いずれもW杯のメンバー入りを果たした菅原由勢、伊藤洋輝、堂安律についても触れておきたい。
イングランドのサウサンプトンからレンタル移籍でブレーメンに加入した菅原は、右サイドバックの主力としてシーズンを通じて攻守にフル稼働した。伊藤はバイエルンという頂点のクラブで、怪我からの復帰を果たして以降はコンスタントに出場機会を得た。そして堂安は、チャンピオンズリーグとの掛け持ちでバランスを崩したフランクフルトの中で孤軍奮闘した。
三者三様の事情を抱えながらシーズンを走り切り、北中米W杯行きの切符を手にした。今季の出来だけを取り出せば、本人たちもすべてが納得のいくシーズンではなかったかもしれない。それでも、このレベルで戦い続けてきたという事実が、代表における存在感の土台になっている。
強度という問いに、それぞれがそれぞれの答えを出した。乗り越えた者、阻まれた者、学んで別の形に変えた者。明暗は分かれたが、ブンデスリーガというステージが日本人選手に突きつける要求水準は、確実に上がり続けている。
その水準を越えてきた者たちが、今度は世界の戦いに挑む。答え合わせは、北中米W杯の舞台で始まる。
(企画・編集/YOJI-GEN)