三笘のハムストリング負傷とアーセナル戦のVAR判定 フットボールの発展がもたらした功罪
相手にやる気が見られず開始5分で勝利を確定させたが
時折、聞き慣れない人体部分の用語がフットボールのおかげで慣用語になる。
たとえば「メタターサル」。2002年の日韓W杯直前に当時のイングランド代表主将デイビッド・ベッカムが足の甲を構成する骨(中足骨)を骨折すると、突如として世界中のメディアにこの骨名が溢れて、あっという間に知名度が上がった。
それと同じく、今時のフットボール・ファンなら「ハムストリング」と聞いて、それが太もも裏の筋肉群の総称であり、近年のフットボーラーの“泣きどころ”ともいえる代表的な故障箇所であることもご存知だろう。
しかし我らが日本代表チームの命運を握る三笘薫がW杯開幕の前月にそのハムストリングを故障したというのなら、それはあまりにも悲痛なニュースである。
もちろん現場にいた。5月9日。英国の伝統的なリーグ戦の試合開始時間である土曜日午後3時のキックオフ、ブライトンのホーム戦。相手のウルヴァーハンプトンは今季ずっと最下位にどっぷりと沈み、すでに降格が決まっていた。
三笘は当然のように先発した。前節のニューカッスル戦で試合には負けたものの調子は「徐々に良くなっている」と語った28歳日本代表MFは、当然のように定位置の左サイドに入り、キックオフから30秒あまりで決まった先制点の起点となった。
ベテランFWダニー・ウェルベックからラストサード手前の絶好の位置で足元にパスをもらった三笘がドリブルで危険エリアに侵入すると、ウルヴァーハンプトンMFジョアン・ゴメスがガツンと左肩を当ててきた。この激しいチャージで三笘はバランスを崩したが、それでも倒れ込みながら、左サイドを走るマクシム・デ・カイペルにパスを通した。
そして25歳ベルギー代表DFが放ったクロスに、ゴール前に飛び込んだジャック・ヒンシェルウッドが見事なヘディングを合わせて、ブライトンがいとも簡単に1点をリードした。
誰がどう見ても、三笘のプレーが生み出したゴールだった。ゴメスの反則スレスレの当たりをものともせず、アシストがついたデ・カイペルにパスを通した三笘がこのゴールのクリエイターだった。
そしてブライトンはこの4分後にも、三笘のプレーから奪ったコーナーキックから主将ルイス・ダンクがヘディング弾を決めて2-0とし、来季の欧州カップ戦参戦の夢を大きく膨らませる1勝を前半5分で確定させた。
昨年11月に3年半の契約を結び、伝統あるウルブスの監督を2029年まで務めることになったロブ・エドワーズは試合後に、「屈辱としか言えない。このチームの中の何人かの選手はもういらない」とまで語って、わずか5分で2点を失ったことを嘆いたが、相手はそれほどまでにやる気が見えなかった。
三笘を悲劇が襲ったのはそんな試合の後半10分すぎだった。
現代のフットボーラーの宿命とはいっても…
ダンクからのロングボールを三笘が追った。右肩でトラップしたのは見えたが、相手選手との接触もなく、次の瞬間、どうして彼が仰向けでピッチに倒れているのかすぐには理解できなかった。
あとでいくつか動画を見たが、三笘がボールを受けた左サイドの深い位置から近いスタンドからサポーターが撮った映像が一番鮮明だった。
三笘はダンクからのボールを右肩でトラップした直後に少しバランスを崩して、ドスンと左足を着くと、臀部のすぐ下を左手で押さえ込んだ。そして右手を上げて何度か振って“交代のサイン”を送り、そのままピッチに倒れ込んだ。
気になったのは、三笘が両手で顔を押さえ込んでいたことだった。それは通常、本人が深刻な故障であると感じていることを示すものだ。
この動画にはサポーターの囁き声も入っていた。「これでもう、今季は試合に出られないかもしれない。ひょっとしたらW杯も……」。そんな呟きだった。
2人のフィジオが治療に当たり、左足をストレッチすると、三笘は自分の足で歩いてピッチを去った。その姿を見て、頼むから軽傷であってほしいと祈ったのは筆者だけではない。日本の全フットボール・ファンが同じ気持ちだったに違いない。
三笘だけはダメだ。三笘だけは代わりがいない。日本代表で、世界の強豪を相手に勝敗に直結する違いを生み出す選手は三笘だけだ。
激しいフットボールマッチを戦うために、現代のフットボーラーは筋肉の鎧を纏う。そのためにきついウェイトトレーニングを自らに課し、鍛えるのが難しいと言われるハムストリングまでパンパンにする。しかしこれが諸刃の刃となり、故障を引き起こしてしまう。
昔は、たとえばマイケル・オーウェンがそうだったが、稀有なスピードを授かった選手がハムストリングをはじめとする筋肉系の故障に見舞われることはあった。親友のグラハムに聞くと、1960年代や70年代のフットボーラーの怪我は骨折、もしくは捻挫が主で、「ハムストリングなんて言葉は聞いたこともなかった」と言う。
やはりこれは、アスリートとしての能力も問われる現代のフットボーラーの宿命なのだろう。しかし何もここで三笘を襲わなくてもいいじゃないか。