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敗戦のなかでも復調の兆しを見せた三笘 リバプールの無気力とマンU・キャリック監督の未来

森昌利

“絶対に勝つ”という意志と姿勢を選手に伝えきれていない

スロット監督には前任者のクロップのようなカリスマ性がないというルーニーの指摘は、決して的外れではないだろう 【Photo by Shaun Botterill/Getty Images】

 プレミアリーグでは時に戦略や戦術より、信念と自信が勝敗を分けることがある。真剣勝負のリーグであるから、1ミリ前に踏み込むかどうかが勝敗を分けることもある。相手を凌駕するそのボールへの踏み込みには、甚大なる勇気とモチベーションが必要だ。

 そうした勇気とモチベーションの欠落を、ニューカッスル対ブライトン戦の翌日、オールド・トラフォードでのリバプールから感じた。

 結果は、マンチェスター・ユナイテッドの3-2勝利。これで今季のリバプールは、宿敵にリーグ戦で2連敗となった。

 優勝争いからは脱落し、一方で欧州CL出場権をほぼ手中にしたリバプールにとって、確かに目標のない試合ではあった。しかしマンチェスター・Uとの対戦は、リバプール・サポーターにとって最も負けたくない試合。その時のチーム状況に関係なく、ともに20回の1部リーグ優勝を誇る2クラブがイングランド最強を競う試合なのである。

 結論から言ってしまうと、最近ウェイン・ルーニーが指摘して英メディア上で話題になったように、前任者ユルゲン・クロップとの比較で、アルネ・スロット監督にはカリスマ性が足りないと思うしかなかった。それが今季のマンチェスター・U戦連敗につながったと思う。

 クロップはこういう試合で必ず結果を出した。こういう試合で勝ち点をもぎ取ることで、サポーターをまとめ、クラブを一枚岩にした。

 しかしスロットのチームは、負けても大勢に影響しない一戦でそれなりの試合をして負けた。一旦は2-2にしたが、決勝点を含めて簡単にゴールを許し、チームが全力を出し切っているという印象は薄かった。

 それはやはりスロットが、“絶対に勝つ”という意志と姿勢を選手に伝えきれていないからではないだろうか。

結果を残したキャリックにチャンスを与えるのが妥当だが

殊勲弾を決めたメイヌーと喜びを分かち合うマンUのキャリック監督。チームを立て直したこのクラブOBの功績は称えられるべきだ 【Photo by James Gill - Danehouse/Getty Images】

 もちろんホームということもあるが、この試合の直前に体調不良を訴えて病院へ緊急搬送された御大アレックス・ファーガソン元監督との比較で、問題にならないほどカリスマ性が不足しているマイケル・キャリックのチームのほうがリバプールより強い勝利への渇望を見せた。

 前半の2点は両方とも華麗とは言い難いゴール――しかも2点目は腕に当たって決まった――だったが、それでも宿敵相手にホームで負けるものかという意地を感じる押し上げがあって生まれていた。

 後半に2-2と同点に追いつかれながらも、前監督のルベン・アモリムに干されていたコビー・メイヌーが疾風のように走り、渾身のミドルシュートを右足で叩き込んだ幕切れも、往年のマンチェスター・Uの熱を感じさせた。

 この勝利で勝ち点を64まで積み上げたキャリック暫定監督は、欧州CL出場権を確保した。しかし“暫定”の二文字が消えるかどうかはまだ分からないという。

 チームとしてまとまりがなかったマンチェスター・Uに規律をもたらし、コンパクトな守りと中盤で過激なタックルを見せる硬派なフットボール――目新しさを感じるスタイルではないが効果的ではある――で結果を残したキャリックにチャンスを与えるのが妥当だとは思うが、やはりオリー・スールシャールの失敗が頭をよぎってしまう。

 あの時もルベン・アモリムと同じポルトガル人で、チームに規律をもたらそうとしたジョゼ・モウリーニョが解任され、暫定監督となったOBのスールシャールがモウリーニョの下で干されていたポール・ポグバを重用してチームの雰囲気を変えると、好成績を挙げて正式に監督になった。

 しかしその後のシーズンでは鳴かず飛ばず。サポーターが1940年にリリースされた米カントリー&ウェスタンの名曲ユー・アー・マイ・サンシャインを「ユー・アー・マイ・スールシャール!」と歌い、ありったけの愛情を注いだ“童顔の殺し屋”(現役時代、可愛らしい顔ですさまじい決定力を見せたことでついたスールシャールの愛称)はボロボロになって退団した。

 ただ誰が来季の監督になろうと、OBのギャリー・ネビルが口酸っぱくなるほど主張しているように、マンチェスター・Uの問題は経営陣にある。ここをまずしっかりと正さないと真の栄光は取り戻せないと思っている。

(企画・編集/YOJI-GEN)

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著者プロフィール

1962年3月24日福岡県生まれ。1993年に英国人女性と結婚して英国に移住し、1998年からサッカーの取材を開始。2001年、日本代表FW西澤明訓がボルトンに移籍したことを契機にプレミアリーグの取材を始め、2025-26で25シーズン目。サッカーの母国イングランドの「フットボール」の興奮と情熱を在住歴トータル30年の現地感覚で伝える。大のビートルズ・ファンで、1960・70年代の英国ロックにも詳しい。

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