縁とスカウト運が繋いだ髙橋宏斗 形式上「投手」として指名した岡林勇希 元中日スカウトが明かすドラフト秘話
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伸び悩む石川に言ってあげたいこと
「俺も疲れた。お前も疲れただろ?」
「はい。疲れました」
「だったら最後まで一緒にやって、一緒に辞めるか?」
森さんとそんなことを話して、このシーズンでコーチを辞めることになりました。辞めた後のことは特に考えていなかったのですが、監督退任後にシニアディレクターとして球団に残ることになった森さんが「お前どうする? もう一回スカウトに戻るか?」と言ってくださって、それで16年ぶりにスカウトに復帰することになったのです。
久々に戻ったスカウトの現場は色んなことが昔と変わっていました。スカウト部長だった中田さんがアドバイザーという形で一歩退かれていましたし、以前は行われていたクロスチェックも経費削減のためなのか行われなくなっていて、代わりにiPadが支給されました。自分が撮った映像をスカウト全員が観れるようになっていたのですが、実際に生で見ないと分からないものなのです。会議で「どう思う?」と言われても、私は「映像だけだと分かりません」と答えていました。私は〝古いタイプ〟のスカウトですから煙たがられていたと思います。
この年はバッターだったら東邦の石川昂弥、ピッチャーだったら星稜の奥川恭伸(ヤクルト1位)という、投打の逸材が地元にいた年でした。石川の担当が私ですが、逆方向に長打が打てるところが最大の魅力でした。右肘が曲がっていて内角のボールを上手く畳んで打てないのですが、その分真ん中から外目のボールをセンターから右に大きいのが打てるのです。
奥川の担当が同校OBの音重鎮さんで、当然奥川を推す。私は石川を推す。どちらでいくかべきか、最後の最後までスカウト部内で悩みましたね。
最終的には「良いピッチャーは毎年出てくるけど、あれだけのバッターはなかなか出てこないだろう」ということで、石川でいくことに決まりました。
石川にはソフトバンクがくることは分かっていましたから引き当てる可能性は「2分の1」だなと思っていたところに、当日はオリックスもきてちょっと驚きましたが、監督の与田(剛)さんが前年の根尾に続いてよく引き当ててくれました。
石川は4年目に二桁ホームランを打つなど順調に成長していましたが、その後は苦しんでいます。私からしたら石川の持ち味が出せていないように見えて歯がゆく映ります。「個人的な意見」と断っておきますが、真っ直ぐをセンターから逆方向にしっかり打って欲しいですね。元々高校時代から引っ張ってレフトに打っていたバッターではないですから。今は「引っ張らないといけない」という意識が強すぎるのではないでしょうか? だから初球の甘い球に手が出なくなっているように見えるんです。
石川はセンターから右方向で良いんです。そういう意識で打席に立てば初球からバットが出ると思うんですけどね。
「なんで右に打たんの? 引っ張ったらお前の持ち味、ないで」
本人に会う機会があればそういうことを言いたいですね。
ちなみに、石川ともう1人、野手で評価していたのが駿河総合の紅林弘太郎(オリックス2位)でした。もしも石川をオリックスが引き当てていたら、中日が2位で紅林にいっていたかも分からないですね。
大船渡の佐々木朗希(ロッテ1位/現・ドジャース)が凄いという話も球団内でもちろん出ていました。でも何せクロスチェックができないですから、私自身は映像でしか見たことがありません。ですので個人的には判断はできなかったですね。
形式上「投手」として指名した岡林
投打ともに評価の高い選手でしたが、私はプロで勝負するなら野手だろうと思って観ていました。というのも、ピッチャーとしては良いスライダーを持っているもののクイックの秒数が1.4秒もかかっていたからです。これはちょっとプロでは致命的。現場のことを考えたら預かるコーチが大変です。まず1.3秒にするのにどれだけ苦労するか。そこからさらに1.1秒台にしていくことがどれだけ難しいか。そこを直すためには試合に出ている場合ではありません。一塁に走者を出したら必ず盗塁されるのですから。
ピッチングフォームも左手が上にあがる癖のあるフォームでしたし、さらに気になったのは軸足の膝です。私の持論ですが、投げる時に軸足の膝がセカンド側に割れるピッチャーは腰の開きが抑えられて良いボールが行くんです。私のコーチ時代のチェン・ウェイン、良い時の髙橋宏斗がそうです。でも岡林はセカンドではなくホーム側に膝が割れてしまう。
一方で野手としては外野の経験はないけれど脚力があって肩がある。そしてバッティングが良い。「じゃあピッチャーとバッターとどっちで育てるの?」ということですよね。
最後は本人に決めさせました。私がピッチャー用と外野手用のグローブを二つ用意して本人の前に「どうする?」って差し出したんです。それで岡林が外野のグローブを選んで、プロでは野手1本でいくことになりました。私も外野用のグローブの方をちょっと前に出していたんですけどね(笑)。でもこのときピッチャーを選んでいたら1、2年はピッチャーをやらせるつもりではいました。
岡林は一軍に出てくるのも早かったですね。これは当時のドラゴンズに外野がいなかったというのもあると思います。そういう意味では野手を選択して正解でしたし、良いタイミングでチャンスの多い球団に入ったと思います。
「真ちゃん、岡林って外野で指名しても良いんだよな?」
ドラフト当日にそう確認してきたチーフの米村(明)さんに、私は一つだけ注文を付けさせてもらいました。
「大丈夫です。でも指名のときは『投手』という標記で指名してください」
なぜ「投手」の標記にこだわったかというと、菰野の戸田直光先生がピッチャーの育成を非常に大事にされる監督さんだったから。ドラフトのときに「投手」として指名することは、私なりの戸田先生への敬意でした。
岡林の一つ前、4位で指名したのが日本ハム移籍後に大活躍している慶応大の郡司裕也です。郡司も私の担当でした。なぜかスカウト復帰1年目は東海地方と東京六大学の担当をさせられていたのです。私は名古屋で生まれ育った高卒ですから縁もゆかりもないんですけどね(笑)。
このときは与田さんが「キャッチャーが欲しい」と言っておられて、「肩はないですけど面白いリードをしますしバッティングは間違いがないです」と話して、確か4位縛りがあったと思うのですが、それで4位で指名しました。
中日ではなかなかチャンスがなかったですが、日本ハムでは新庄剛志監督との出会いが大きかったですね。バッティングを生かすためにキャッチャーにこだわらず、サード、ファースト、セカンドでも使ってもらえましたからね。郡司にとっては良いトレードだったと思いますし、ユニフォームが変わったとはいえ、活躍する姿を見られるのはやはり嬉しいものです。