岡崎郁が目指す「理想の監督像」は 長嶋さんと王さんは「神様」
父性のある監督
「人間って弱いから『自分のため』と思ったらやっぱり弱いんだよ。やっぱり誰かのため、それが例えば女房のため、家族のため、恋人のためでもいいし、おやじやおふくろのためでもいい。『誰かのため』という、その『誰か』っていうのを持っておかないと挫けるぞ」
「郁、弱いんだよ人間って」
そういうことを、その後も何度か言われました。その言葉がすごく自分に刺さったんです。
「自分のため」だけだったら、どこかで「もういいや」となるところを「家族のため」だったら頑張れる。踏みとどまるため、もう一歩頑張るためには、そういう心の支えが大事なんだということを教えてもらいました。人間は弱いから、弱いなりにどうするかを考えないといけない。強がっていても何もできないですから。
藤田さんの下で野球をやると分かるのですが「何があっても俺がお前らを守ってやる。何でもしてやる。だから伸び伸びとやれよ」という、監督が守ってくれている安心感があるんです。プロ野球選手ってどこかに不安を抱えているものなのですが、それを解消してくれるような、藤田さんにはそんな強さがありました。
藤田さんの監督2年目のときに桑田の登板日漏洩事件というのがありました。世間を騒がせたニュースでしたが、事件が大々的に報じられたときだったと記憶していますが、藤田さんはミーティングの席で「桑田は悪くないんだ」と、桑田のことを庇うような発言をされていました。球団からの処分も当初は1年間の出場停止だったところを藤田さんが間に入って、なんとか罰金と出場停止1ケ月に収めたという話しも後で耳にしました。
選手に困ったことがあれば、それを解決するために自らが動いて汗をかいてくれる。そんな監督、なかなかいないですよね。
チームを家族とするならば、藤田さんはやっぱり父親です。父性のある監督でした。私なんてもう本当に子ども扱いされていましたから。
私が監督をする日が来るのかどうか分かりませんが、ONは「神様」ですから目指してなれるものではありません。目指すべき監督像はやっぱり藤田さんなんです。自分が今まで出会ってきた人の中で、ああいう大人になりたい、ああいう人になりたいと思ったのは藤田さんだけ。
「監督」として目指す以前に、「人」として藤田さんのようになりたい。あの当時の選手たちはみんなそう思っているはずです。
書籍紹介
藤田さんは父親。
原さんは兄貴。
1979年-2021年
四者四様の指揮官に寵愛された男が振り返るジャイアンツでの物語
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