巨人・藤田監督の「三百万円叩きつけ事件」 投手陣に対して激怒した理由は
藤田さんは父親。
原さんは兄貴。
1979年-2021年
四者四様の指揮官に寵愛された男が振り返るジャイアンツでの物語
私だけに見せた”喜怒哀楽”な素顔
岡崎郁著『長嶋さん、王さん、藤田さん。ときどき原さん 私と4人の巨人軍監督』から、一部抜粋して公開します。
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吉村を一番に出迎えた藤田さん
吉村は私の二つ後輩。バッティングがものすごくて、私が現役時代に見て来た左バッターでは一番だったと思います。それがこの年の2年前に札幌円山球場で大怪我をしてしまった。たらればを言ってはダメなのですが、あれがなければ2000本安打は間違いなく到達していたでしょうし、ホームランも500本ぐらい打つ選手になっていたと思います。
懸命なリハビリを経て、1年前に吉村がギプスをはめて復帰の打席に立ったときは、結果はセカンドゴロでしたがベンチのみんなが泣いていました。吉村の努力や苦悩を知っていましたから。ベンチに帰ってきた吉村にみんな「おめでとう」と声を掛けていました。アウトになったバッターにそんなことを言うのはおかしいんですけど、あのときはみんな自然にそんな言葉が出たのです。
藤田さんもそんな吉村のことをずっと見てきていました。だから吉村が優勝を決める一打を打ったことを、藤田さんは選手たちと同じように喜んだのです。
藤田さんは優勝後のインタビューで「去年の優勝より嬉しい」と言っていた記憶があります。確かに前年の優勝よりもはしゃいでいるな、嬉しそうにしているなとは感じていました。そういうところがやっぱり藤田さんなんですよね。人間くさいというか、飾らない。普段は冷静沈着な人が我を忘れてはしゃぐ。そのギャップがある分だけ「藤田さん、本当に嬉しいだな」というのが我々選手にも伝わってくるのです。そういう姿は「名監督」としての振るまいとは違うのかもしれません。でも藤田さんは「そんなものはどうだっていいんだ」という感じで、人目を気にせず喜びたいときは素直に喜ぶ。そんなところが藤田さんが慕われる所以だと思うのです。
日本シリーズ前、合宿での激怒
4連敗した後のミーティングでは、藤田さんはこんなことを言っていました。
「4連敗したけど、勝負は時の運だし、俺たちは弱いわけじゃない。セ・リーグでぶっちぎりで勝ったわけだから、何も下を向くことはない。オフはセ・リーグチャンピオンだという気持ちで堂々と過ごせ」
完敗した理由は単純に西武が強かったというのが一番ですが、9月頭に早々に優勝を決めて、1ケ月半ほど消化ゲームが続いてしまったことも影響がありました。優勝が決まった後のゲームは選手にとっては調整になるわけです。もちろん真剣にやっていますけど、優勝を争って戦う試合とは違ってきます。どうしても試合勘が鈍ってしまうのです。その辺の調整の難しさはありました。
日本シリーズ前には合宿も行っていました。よみうりランドで練習をして、終わったら家に帰らず全員ホテルに泊まる。それを3日ほどやりました。藤田さんはチームの和を非常に大切にされる監督だったので、3日間一緒に練習をして同じ釜の飯を食って、そうやって日本シリーズに向けてチームを一つにしたいという思いがあったのだと思います。ただそのときに宿泊したホテルがちょっと良くなかった。東名川崎インターの近くにできたばかりの小さなホテルで、プロ野球球団やプロスポーツチームを宿泊させた経験がおそらくなかったのです。分かりやすい例だと食事です。練習を終えてみんな疲れてホテルに帰ってきたら楽しみは晩ご飯くらいしかありません。でも食事の量が全く足りていなかった。グアムや宮崎で「キャンプ」を何度も経験してきている我々からしたら、ちょっとそれはあり得ない。「え!? ご飯これだけ?」
「うそでしょ!」、そんな声があちらこちらから挙がる始末。でもないものはないのだから仕方がない。
腹が減って困ったなとみんなが思っているところに、「焼肉に行こう」と言ったのが原さんでした。私と篠さん、駒田、吉村、川相、村田(真一)とか、「原一派」の何人かで隣町まで焼肉を食べに行ったのです。
原さんの奢りでみんなお腹いっぱい食べて、良い気分になってホテルに戻ってきたら、待っていたのは鬼の形相をした藤田さんでした。
「お前ら、何のためにこの合宿をしているのか、分かっているのか?」
「外出禁止なんていちいち言わなくても分かるだろ、それくらい。みんな同じ釜の飯を食うのが合宿じゃねえのか!」
このときばかりは本当に殴られるんじゃないかと思いました。
「それは分かっていますけど、こっちだって腹が減っているのにホテルにご飯がないんだから仕方ないじゃないですか。あったら俺達だってホテルで食っていますよ!」
心の中ではそんなことを思いつつ、藤田さんに言えるわけがありません。
こういうときは原さんも「僕がみんなを誘ったんです。悪いのは僕です」なんてことは言いません。それは怒っている藤田さんに対して言ってはダメ。それは原さんも分かっているのです。藤田さんが怒ったときには無駄な抵抗も言い訳もせずに「すいません」「おっしゃる通りです」。それを繰り返しながら嵐が過ぎ去るのを待つしかないのです。
その後の全体ミーティングでも「大事な合宿なのに外に飯食いに行った奴らがいる!」とまた怒られました。
ミーティングが終わった後は、我々も納得ができないところもあって「だったらホテルで飯を準備してろよ!」とかブツブツ言っていました。でもそれを藤田さんに言う勇気はもちろんなくて、「だって食べるものがないんだから仕方ないだろ!」とチームのマネージャーに不満をぶつけていました(笑)。そしたら次の日の夕飯は「これでもか!」というくらい、食べきれないくらいの料理がテーブルに並んでいました。
藤田さんは和を乱すことを本当に嫌いました。王さんもミーティングで怒ることは多かったですけど、それは試合内容であったり戦う姿勢についてがほとんど。でも藤田さんはそういったことではあまり怒らず、怒るのは大抵「チームの和」を乱したことに対して。
「チームの和」という柵の中では「お前たち、この中では何をやってもいいよ。好きにやっていいよ」とニコニコしているのですが、「ただ、この柵から出たときは許さねえからな。絶対に」というような怖さが常にありました。