「巨人はロッテより弱い」の舞台裏 発言よりもGナインを奮起させた材料とは
藤田さんは父親。
原さんは兄貴。
1979年-2021年
四者四様の指揮官に寵愛された男が振り返るジャイアンツでの物語
私だけに見せた”喜怒哀楽”な素顔
岡崎郁著『長嶋さん、王さん、藤田さん。ときどき原さん 私と4人の巨人軍監督』から、一部抜粋して公開します。
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「加藤発言」よりもチームを一つにしたもの
近鉄との日本シリーズは今でも多くのファンの語り草になっていますけど、3連敗したあとの近鉄の加藤哲郎投手のヒーローインタビューでの発言、「巨人はロッテよりも弱い」によって、そこから巨人が奮起して4連勝したというストーリーで語られていると思います。ですが実はそうではありません。加藤投手の発言なんて何でもなかったのです。チームが「負けるわけにはいかない!」と結束できた要因は他にあったのです。
加藤投手の発言はリアルタイムでは誰も聞いていませんでした。負けたらすぐロッカールームに行きますし、負けたチームがわざわざ相手選手のヒーローインタビューなんて聞かないですしね。
試合後にはバッティングコーチの山内一弘さんが、追い詰められたチームにこんな話をして鼓舞していました。
「徳俵に足がかかるところまで押されているけど、そこから押す相手も大変なんだ。だからこっちが3連敗したっていうだけじゃなくて、相手もやっぱり一気に決めたいとか、これで負けたら大変なことになるとか、いろんな葛藤があったり弱気になることもある。だからここで『五分と五分だ』ぐらいの気持ちでいけばいい。負けたら終わりだから、もう後がないところに来ているから、とにかく自分たちのやることをやろう」
確かに3連敗したといっても3試合とも完敗というわけではなかったですし「あの打球が抜けていたらこっちの3連勝もあったな」のような、ちょっとしたところで相手にツキもあった。そんな3連敗でしたから、決して力負けしたわけではありませんでした。正直ちょっと厳しいなとは思いつつ「一つ勝てばなんとかなる」という希望は僅かにありました。
加藤投手の発言を知ったのは次の日の新聞です。
〈加藤、『巨人はロッテより弱い!』〉
ほとんどのスポーツ紙がそんなことを書いていました。食堂には全紙置いてありますから嫌でも目に入ってきますよね。〈ロッテより弱い〉という表現はパ・リーグの最下位チームよりも弱いということですけど、「あの野郎」とカチンとくるよりも、実際一つも勝っていないし「そう言われてもしょうがねえよ。3連敗しているんだから」と私は思っていました。
そんなことよりも、選手たちの頭の中は藤田さんのことでいっぱいでした。3連敗した日の夜、合宿先の「ホテル・グランドパレス」に、読売新聞社の名誉会長であり巨人のドンである務台光雄さんが非公式に藤田さんに会いに来ていたからです。そんな偉い方が夜遅くに人目を忍んで藤田さんに会いに来ていることが選手間にも伝わっていました。この状況でハッピーな話し合いが行われているなんて誰も思いません。
「藤田さん、辞めるの? 嫌だよ」
あのときの選手全員がそう思ったはずです。
このまま4連敗したら藤田さんが責任をとらされる。とらされなくても自分から責任をとって辞めるぐらいのことを言いかねない。
「藤田さんを辞めさせるわけにはいかない!」
それがチームの一番の発奮材料になったのです。
加藤投手の発言で巨人の選手の闘争心に火が付いたという方がメディア的にはウケるのかもしれません。実際カッとなった選手もいたかもしれませんが、そんなことよりも藤田さんを辞めさせたくない、辞めさせるわけにはいかないという気持ち。そちらの方が大きかったのです。
試合前のロッカールームでもみんなそんな話をしていました。このとき一番上の選手は中畑さんです。でも中畑さんはあまり試合に出ていなくて日本シリーズを最後に引退することも決まっていましたから、リーダーは原さんと篠さんです。この二人を中心に「やってやるぞ!」という空気になっていました。それで気合いが入ったのは間違いありません。
「気合いで勝てるのか?」といわれるかもしれませんが、気合いが入っていると一歩、半歩、動きが変わります。一人だけじゃなくて、みんなのアドレナリンがちょっとずつ出ると、チーム力はやっぱりガッと上がるものです。
「藤田さんを辞めさせちゃいけない」という全員の思いがすごく大きな力になりました。
書籍紹介
藤田さんは父親。
原さんは兄貴。
1979年-2021年
四者四様の指揮官に寵愛された男が振り返るジャイアンツでの物語
私だけに見せた”喜怒哀楽”な素顔
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