書籍『長嶋さん、王さん、藤田さん。ときどき原さん』

移籍志願の報道が監督批判騒動に発展「本意ならばトレードに出してやる」

岡崎郁

【写真は共同】

長嶋さんと王さんは神様。
藤田さんは父親。
原さんは兄貴。

1979年-2021年
四者四様の指揮官に寵愛された男が振り返るジャイアンツでの物語
私だけに見せた”喜怒哀楽”な素顔

岡崎郁著『長嶋さん、王さん、藤田さん。ときどき原さん 私と4人の巨人軍監督』から、一部抜粋して公開します。

「報道が本意ならばトレードに出してやる」

 長嶋さんの復帰初年度、3位でシーズンを終えた93年のオフのこと。スポーツ新聞に『巨人・岡崎、トレード志願!』と書かれたことがありました。その年は調子が良くなくて、出場試合数も前年から半減。不本意なシーズンを送っていたことは先に書いたとおりです。

 ちょうどこの年のオフにFA制度が日本でもスタートしており、藤田監督時代にヘッドコーチをされていた近藤昭仁さんが横浜(現・DeNA)の監督になったこともあり、私と同じく不本意なシーズンを過ごしていた駒田(徳広)が横浜へのFA移籍を決断していました。そんな背景もあって「岡崎もベイスターズに移籍するのでは?」という憶測もあったのでしょう。馴染みのスポーツ紙記者に「藤田監督時代にお世話になった近藤さんがベイスターズの監督になって駒田が呼ばれた。岡崎君も呼ばれるんじゃない?」みたいなことを言われたのです。明確に否定すれば良かったのですが、相づちのつもりで「そうですね」のような返事をポロッとしてしまった。それが曲解され『巨人・岡崎! トレード志願!』と書かれてしまった。記者の誘導尋問に引っかかったのです。

 翌日が球団のゴルフコンペ。ゴルフ場のスポーツ新聞には『岡崎、移籍志願』の文字が躍っていました。「参ったなぁ……」と思っても後の祭りです。

 翌日には大阪で球団行事が行われるため、コンペを終えてからそのまま飛行機で慌ただしく大阪入り。ホテルにチェックインすると、直ぐさまマネージャーにこう言われました。

「ミスターが呼んでいる」

 トレード志願とは監督批判みたいなものです。ここはきちんと謝罪をして釈明をしないといけません。私は緊張しながら長嶋さんの部屋のドアをノックしました。そこでの会話は今も忘れられません。

「新聞を見たけど、これは君の真意か?」

「いえ、真意ではありません」

「そうだよな。(大学進学を希望していたところを)俺が君を巨人軍に入れたんだ。今年は体の調子が良くなくて、君にとっても不本意だっただろうし、俺にとっても不本意だった」

 長嶋さんが自分の入団経緯を覚えていてくれたことが嬉しかった。

「『俺が10年巨人の監督をやるからその間にお前を一人前にする』って、あのとき言ったよな?でも俺が途中でいなくなった」

 長嶋さんは、私の実家に挨拶に来た際に話してくれた言葉を細部までしっかりと覚えてくれていました。皆さんのイメージ的には、長嶋さんは言ったことを直ぐに忘れているような感じに思われているかもしれませんが、本当は全部覚えているのです。記憶力がすごいのです。

「俺が(監督として13年ぶりに)帰ってきたら、正直お前はとんでもなく下手くそになっていた。お前はもっと良い選手になっていると思っていたから、ものすごく物足りなかったよ。何やってたんだ! 今年だってそうだ。怪我しやがって」

 そんなふうに喝も飛んできました。でもそれも嬉しかった。

「来シーズン、俺はお前をレギュラーとして考えている。でもこの報道が本意ならばトレードに出してやる。いま決めなさい。ただ本意ではないならば、もう一回イチからしっかりやってみないか?」

 長嶋さんにそんなことまで言われたら、もう頑張る以外にありません。

「分かった。じゃあこの話(トレード騒動)は、もうなかったことにする。来年頼むぞ」

 長嶋さんと二人で話をしたのは1時間くらいだったでしょうか。もうその日のうちから、どんなことがあっても来年、絶対に長嶋さんを胴上げするんだ、絶対に日本一になるんだと気合いを入れ直しました。

 そんなことがあっての94年のリーグ優勝、日本一でした。長嶋さんの「よく頑張ったな」の一言の裏には「岡崎、約束通りちゃんとやったな」という意味が込められていたのです。

 そのあとには「来年は(打順は)一番だぞ。もう一度足腰をオフの間にしっかり鍛えておきなさい」と、来シーズンのことまでも言われました。その期待は大きく裏切ってしまうことになるのですが。

書籍紹介

【画像提供:KANZEN】

長嶋さんと王さんは神様。
藤田さんは父親。
原さんは兄貴。

1979年-2021年
四者四様の指揮官に寵愛された男が振り返るジャイアンツでの物語
私だけに見せた”喜怒哀楽”な素顔
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