ABS(ロボット審判)が「ベースボール」を変貌させた 「審判のプライドか、命か」導入1カ月で見えた光と影とは?
ABS導入で激変した勝負の行方
同7日、エイドリアン・デルカスティーヨ(ダイヤモンドバックス)が五回二死満塁の場面で打席に入ると、1-2のカウントでチャレンジ。本来なら見逃し三振だったが、判定が覆ってボールに。その後、逆転の2点タイムリーを放っている。仮にこれが、九回二死満塁の場面であれば、試合の結末を変えた例として、もっと話題になっていたのではないか。
22日現在(試合終了時)、1493回のチャレンジが行われ、797回――53%の判定が覆った。打者と野手(バッテリー)ではデータが異なり、打者のチャレンジ成功率は46%。バッテリーの成功率は59%。
バッテリーの場合、ほとんどは捕手がチャレンジを担当。投手はこれまで26人しかチャレンジしておらず、成功は31回中12回(成功率38.7%)に止まる。それがダイヤモンドバックスなど、約10チームが投手のチャレンジを禁止している理由でもある。
ドジャースでは禁止されていないが、「どうしても感情的になるから、投手は冷静な判断ができない」とジャック・ドライヤー。「だから、自分からそれを求めることはない。間違っていると思えば、ウィル(・スミス)がチャレンジしてくれるはずだから」
STATCASTのデータが検索できる「Baseball Savant」で統括的な立場にあるトム・タンゴ氏は、クリス・セールの「自分が投げる球はすべてがストライクだと思っている。だから自分は、チャレンジをしない」というコメントを引用しながら、以下の図をSNSに投稿した。
やはり感情的になりがちな打者の成功率が平均を下回るのも、同じような理由かもしれない。
そんな中で村上宗隆の選球眼は秀逸。22日現在、6回チャンレンジして4回成功しているが、「期待値よりもどれだけ判定が覆ったか」というカテゴリーでは4.1でリーグトップ。これは、同じようなコース、高さ、球種で比較した場合、判定が覆る確率は低いと見られている球に対してチャレンジして、どれだけ誤審の期待値を上回ったかを示す数値だが、彼の感覚が統計的期待値を上回るということを意味している。日本から来てストライクゾーンも変わる中、信じがたい能力と言える。
ABSでストライクゾーンが変わった
21日現在、1試合あたりの1チーム平均四球数は3.76個で、これは1900年以降の近代野球では4番目の多さ。昨季は3.16個だったので0.6個増。つまり、1試合平均1.2個増。
上位3シーズン(1948年〜50年)は、いわゆる「ウォーカソン」という特殊な時代に記録されている。ア・リーグで特に四球が増え、ナ・リーグよりもストライクゾーンが狭かったことなどが理由とされるが、その時代を除けば、今年がトップだ。
「Baseball Savant」で、やはりデータを統括するアレックス・ファスト氏は開幕前、「これまでのストライクゾーンは、ダイヤのような形。ABS導入で高低が削られるが、四隅がストライクと判定されるようになるので、そこまで四球は増えないのでは」と予想していたが、実際は、ストライクゾーンが狭くなっているよう。
阪神時代にセットアッパーとして活躍し、今季からレッズに移籍したピアース・ジョンソンは、「審判がABSの活用を意識するようになった昨年ぐらいから徐々にストライクゾーンが狭まっていったように感じる」と証言した。
「それが今年はもう、明らか。そもそもストライクゾーンが変わった」
その指摘は、方々から聞こえてくる。ルールブックのストライクゾーンは、肩とパンツ上部の中間から膝頭まで。ABSのストライクゾーンは、その選手の身長の53.5%(上端)から27%(下端)まで。その物理的な違いの証明は難しいが、これまで、スタンスを含む構えも、選手個々のストライクゾーンに反映されていたが、完全に身長ベースとなったことで、そこに誤差が生じている。
何より大きな違いは、これまでのストライクゾーンが立体的であったのに対し、ABSは平面であること。例えば、ボールがホームプレートの一番投手寄りの辺を通過した際、それが膝頭付近であれば、これまではストライクだった。しかし、ABSはベースの真ん中を通過した地点で計測するので、球種がスライダーやスプリットの場合、落下幅が大きければ、ホームプレートに達した時点ではストライクでも、枠からはみ出る可能性がある。低めの変化球で勝負するタイプの投手は、これまでストライクだったものが、ボールになった、という感覚を抱くかもしれない。もちろん、高めのカーブでは逆のことが起きうる。
ただ、その違いには主審も戸惑っているようで、3次元から2次元の修正は、これまで車は右車線を走っていたのに、急に今日から左車線を走れと言われているようなもの、という例えさえある。