大阪ブルテオンで活躍する“魅せるリベロ”山本智大 学生時代に「自信がなかった」と述べた理由とは?

田中夕子

山本智大は大阪ブルテオンでリベロとして活躍。チームメイトからの信頼も厚い 【写真提供:SV.LEAGUE】

チームメイトも賞賛する山本のリベロとしての実力

 そこにいるだけで会場が沸く。

 地元北海道、旭川で行われたアウェイゲームでも大阪ブルテオンの山本智大は“魅せるリベロ”の真骨頂とも言うべき姿を何度も見せた。

 ウィークブロッカーの前から放たれたスパイクの先には、常に山本がいる。強打でも軟打でも、ごく当たり前のように拾うのでファインプレーに見えないが、スパイクを打つ選手のメンタルは間違いなく削られる。

 今季から外国籍選手の枠が増え、各チームがアジア枠を含めれば最大3人の外国籍選手がコートに立つ。名だたる選手が揃う中、日本のバレーボールの印象を尋ねると、必ずといってもいいほど出てくるのが“ヤマモト”の名だ。

 多くのスパイカー陣が「ヤマモトはどんなボールにもすべて反応する」と口を揃える中、「彼のプレーはクレージー」と最大限の称賛を送るのが、大阪ブルテオンのチームメイトでもあるセッターのアントワーヌ・ブリザールだ。

「トモさんは本当にクレージー(笑)。日本でいろいろな選手とプレーをするのが楽しみでしたが、今までプレーしたどのチームでも、彼(山本)ほど素晴らしいリベロとプレーしたことはありません。一緒にプレーできることを、とても嬉しいし、心から光栄に思っています」

「自信がなかったんです」

 今でこそ、世界に名を馳せるリベロ・山本だが、北海道で過ごした高校時代はそんな未来など想像もしなかった。

 指導者の父とママさんバレーをしている母、両親の影響で小学生の頃からバレーボールを始めた。当時から全国大会を経験し、中学3年からリベロになり、JOC杯全国都道府県対抗バレーボール大会の北海道代表にも選出された。SVリーグや日本代表で活躍する選手の中には、出身地を離れて高校から越境入学をする選手も少なくないが、山本が進んだのは地元江別市のとわの森三愛高校。別の選択肢もあったのではないか、と尋ねたとき、返ってきた答えは今の山本からは想像のつかない言葉だった。

「自信がなかったんです。北海道では(選抜に)選ばれても、たとえば東北とか、強い学校へ行ったら試合に出られないだろうな、って。だからとわの森に行って、北海道で勝つことが一番の目標でした」

 高校3年時のインターハイではベスト8に進出した。「奇跡のベスト8」と笑うが、あと1つ勝てばベスト4という準々決勝で山本や、とわの森三愛の前に立ちはだかったのが、その年から高校の主要タイトルを2年連続ですべて制した愛知の星城高校。当時2年生の、石川祐希がいた。

「超強かったです(笑)。試合前はヘラヘラしているのに、試合になればブロックの上から打ってくる。負けるのはわかっていたので、僕らはただ『楽しくやろう』って。当時の僕には石川選手の球なんて全然拾えませんでした」

 それから日体大、FC東京、堺ブレイザーズ(現・日本製鉄堺ブレイザーズ)を経て大阪ブルテオンに入り、2019年からは日本代表でもプレー。東京、パリと二度の五輪に出場した。同世代で、日本代表のリベロとして活躍する小川智大と共に、これまでは玄人好みだったリベロというポジションの魅力や凄さを自ら体現し、リベロの面白さ、バレーボールの面白さをこれ以上ない形で見せ続けてきた。

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著者プロフィール

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、『月刊トレーニングジャーナル』編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に『高校バレーは頭脳が9割』(日本文化出版)。共著に『海と、がれきと、ボールと、絆』(講談社)、『青春サプリ』(ポプラ社)。『SAORI』(日本文化出版)、『夢を泳ぐ』(徳間書店)、『絆があれば何度でもやり直せる』(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した『当たり前の積み重ねが本物になる』『凡事徹底 前橋育英高校野球部で教え続けていること』(カンゼン)などで構成を担当

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