“伝説のボレー”を想起させた三笘のゴール 首位攻防戦で勝敗を分けたのは「勝利への欲求」
バロンドール受賞の決め手となった“奇跡的なボレーシュート”
ブライトンのファビアン・ヒュルツェラー監督は、試合後の会見である名前を出した。
「私は若いが、あのマルコ・ファン・バステンのゴールがどれだけ素晴らしいものか分かる。フットボールをやった経験がある者なら、あのフィニッシュがどれだけ難しいものか理解できるはずだ」
あのマルコ・ファン・バステンのゴール――。それは1988年6月25日に行われたEURO(欧州選手権)決勝の後半9分、当時23歳のオランダ代表FWが決めた優勝を手繰り寄せるゴールのことだ。
左サイドから放たれたクロスに、右サイドの全く角度のない位置でファン・バステンがダイレクトで合わせ、鋭く右足を振った。普通なら絶対にゴールにならない状況だった。ところが、このときファン・バステンが放ったボレーはもうそこしかないという球道を生み出し、ソ連GKの頭を越えてファーサイドのサイドネットに突き刺さった。
このゴールは世界のフットボール史に“奇跡的なボレーシュート”として刻まれている。この年ファン・バステンは初めてバロンドールを受賞したが、それも伝説となったこのゴールを決めたおかげだ。
利き足でない左足で決めたところに価値が
あとで何度もスロー映像を見返したが、シュートの瞬間、左足のインサイドをボールの芯に当てている三笘の姿勢が本当に素晴らしかった。全くぶれていなかった。左、右とステップを踏んで、「1、2の3」という感じで左足をジャストミートさせたが、余計な力は入っておらず、そのタイミングが完璧だったため、まさに矢のようなシュートが飛んだ。
トットナムGKアントニーン・キンスキーの頭上を突き抜けた。三笘の蹴り出しが見えた23歳チェコ人GKは素晴らしい反射神経で右手を伸ばしたが、あまりにすさまじい球速だったのでボールに全く触れられなかった。
残念だったのは、このスーパーゴールについて三笘の話が聞けなかったことだ。
前半アディショナルタイム3分の同点弾は、ディエゴ・ゴメスが負傷退場し、三笘が予定外だったに違いない前半20分という早い時間帯に出場したことで生まれた。ただ、三笘は後半30分に右足に違和感を覚えて交代してしまい、試合後の取材エリアに彼が姿を現すことはなかった。
もっとも、試合終了後にチームメイトに混じって、アウェー席を埋めたブライトン・サポーターに拍手を送り、かつて師事した敵将のロベルト・デ・ゼルビとガッチリと抱擁を交わした際には、三笘の歩様に異常はなかったと思う(編集部注:21日に行われたチェルシー戦に三笘は先発出場し、後半37分までプレーした)。
ちなみにデ・ゼルビ監督は試合後の会見で、以前と同じようにドスのきいた低い声でブロークンな英語を話した。そして三笘のゴールに関しては「incrdible(信じられない)」と、ため息をつくようにその感想を語った。