現役スカウトが振り返る「ドラマの裏側」

「高校生でずば抜けていた」打てて守れるキャッチャーに衝撃 巨人・武田康スカウトが明かすドラフト秘話

西尾典文

武田氏の目には、城島健司と阿部慎之助(写真中央)の2人が双璧だった 【写真は共同】

 1992年からスカウトの現場で選手の獲得に携わり続けている巨人の武田康スカウト。そんな武田スカウトに、スカウトになった経緯、これまで担当してきた選手のこと、高く評価しながらも獲得することができなかった選手のことなど、これまでのスカウト人生を振り返ってもらった。

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スカウト1年目、勉強になった松井と野口

1992年のドラフトで争奪戦となった松井は、長嶋監督(当時)のくじ引きによって巨人が獲得した 【写真は共同】

 私自身は1982年のドラフト5位で大洋ホエールズ(現DeNA)に指名されてプロ入りしました。スカウトの方に注目していただくきっかけになったのは今治西高校で2年のときに甲子園に出場したことです。同学年の藤本修二(82年南海5位)とバッテリーを組んでベスト8まで勝ち進みましたし、その後の高校日本代表にも2年生で選ばれました。

 関東の方に行ってみたいと思っていたので大洋からの指名を知ったときは嬉しかったですね。担当スカウトは高校の先輩で、後に自分がスカウトになったときに部長としてお世話にもなる重松省三さん。重松さんのあとに部長になられる高松延次さんも一緒に見に来ていただきました。

 プロに入ってまず驚いたのはこんな年上のおじさん達と一緒に野球をするのかということ。18歳の高校生からしたら30歳以上の選手はおじさんですからね(笑)。

 当時“ジャンボ”という愛称で呼ばれていた古賀正明さんという190センチ近いピッチャーがいて、古賀さんの投げるスライダーが受けられなかったことも覚えています。当時の高校生はカーブくらいしか投げない時代でしたから。「大変な世界に来てしまった……」と思ったものです。

 8年間の現役生活では怪我もあって結局試合には出られずに90年限りで引退。翌年は育成部員みたいな肩書で、主に二軍で投球チャートの記録、ビデオの撮影、バッティングピッチャーなど色んなことをやりました。同じ年に引退した長谷川国利さん(元巨人スカウト部長/現東海大監督)は先にスカウトになっていて、その長谷川さんからもいろいろと話を聞いていたので、育成部員を1年やった後のオフに球団の本部長だった若生照元さんに「スカウトやりたいです!」とお願いして、1992年からスカウトになりました。

 スカウトになった1年目は西日本を担当していた高松延次さんの補佐みたいな仕事をしていました。忘れられないのは星稜の松井秀喜(92年巨人1位)と丹原の野口茂樹(92年中日3位)です。

 松井は選抜でいきなり2本のホームランを打ちましたが、新米スカウトの私には「上位指名選手」の基準がまだ分かりませんでした。その後にいろんな選手を見て、それからその年夏の甲子園で松井を見て「やっぱりこんな高校生はいないんだ!」とその凄さを改めて実感することになりました。

 野口は春の愛媛大会で凄いカーブを投げていたのですが、試合途中に肘を痛めて降板していました。それがなかなか治らなくて、結局夏の大会も良くありませんでした。一度しか良いときを見ていませんし、スカウト経験も浅いため野口をどう評価して良いのか分からない。丹原の井上伸二監督は今治西の先輩でしたのでいろいろと聞いたりもしましたが、結局高くは評価はできませんでした。それが蓋を開けてみたら中日が3位指名。これには驚きました。後から聞いた話では中日の担当スカウトの早川実さんは相当調べて「野口の肘は大丈夫だ」ということになったそうです。のちに野口はMVPを獲るまでの活躍をしましたから、自分にとっては反省点となりました。

とにかく凄かった城島健司

武田康スカウトがとにかく凄かったと絶賛した城島健司(写真中央)。 【写真は共同】

 スカウトになりたての頃、とにかく大変だったのが調査とアポイントをとることです。今のようにスマホもインターネットもない時代ですから、電話帳などで担当する学校やチームを調べて電話をするわけですが、これがつながらないことが多いのです。試合の日程や会場が変わることも多くて、先輩スカウトに来てもらったら球場に誰もいないということもありました(笑)。今では笑い話ですが、先輩には平謝りすることも多かったです。

 2年目からは四国と九州を担当するようになりました。最初に担当した選手は1994年に都城から3位で指名した福盛和男です。宮崎で評判になっていたのですが春に見に行ったらストレートは130キロくらいしか出ない。それで一度リストから消しました。ところが夏前にたまたま見たら凄く良くなっているじゃないですか。本当は一度消した選手はもう一度リストアップしないことになっていたのですが、先輩の長谷川さんにも相談して、頭を下げてもう一度リストアップしてもらいました。それで夏、クロスチェックもしてもらい、球団の中でも評価が高くなりました。

 この年は逆指名2位で神戸製鋼の米正秀が決まっていて、1位では横浜高校の紀田彰一を指名しています。紀田は中日との競合で引き当てましたが、もしも外れていたら外れ1位は福盛の予定だったそうです。オリックスがかなり高く評価していたことも分かっていましたから。福盛は長く活躍してくれましたね。最初に担当した選手がしっかり働いてくれたことは自分にとっても自信になりました。

 この年の九州でとにかく凄いと思ったのが別府大付属(現・明豊)の城島健司(ダイエー1位)です。肩も打撃も高校生ではずば抜けていました。態度の大きさもとても高校生とは思えませんでしたけど(笑)。何度も四国からフェリーで別府に通い、観に行きました。夏前には別府大付属の糸永俊一郎監督が「(希望球団を)巨人、横浜、ダイエー、西武に絞る」と言ってくれ、そのときは「よっしゃ!」と思ったのですが、その後に駒沢大に進学するとなって、結局撤退しました。

 最終的にダイエーが強行指名して入団するわけですが、打てて守れるキャッチャーという意味では、自分がスカウト人生で見た中では城島と阿部慎之助(中央大/00年巨人逆指名1位)の2人が双璧ですね。

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著者プロフィール

1979年生まれ。愛知県出身。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究し、在学中から専門誌に寄稿を開始。修了後も主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、AERA dot.、デイリー新潮、FRIDAYデジタル、スポーツナビ、BASEBALL KING、THE DIGEST、REAL SPORTSなどに記事を寄稿中。2017年からはスカイAのドラフト中継でも解説を務めている。ドラフト情報を発信する「プロアマ野球研究所(PABBlab)」でも毎日記事を配信中。

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