あの日、自分を信じる強さがあったなら… 海外女子メジャーでの日本勢旋風、小林浩美が明かす「原点」

塩畑大輔

JLPGAツアー(国内女子)の改革を通して選手の強化をはかっている 【Photo by Alex Slitz / Getty Images】

 海外女子メジャー今季初戦のシェブロン選手権は23日、米テキサス州メモリアル・パークGCで開幕する。昨年は西郷真央が優勝し、日本勢躍進の1年の口火を切った。なぜ、日本の女子選手はメジャーで次々と勝てるようになったのか。JLPGAツアー(国内女子)の改革を通して選手の強化をはかってきた、日本女子プロゴルフ協会の小林浩美会長が明かす。
 忘れられない敗戦がある。

 1994年、全米女子プロゴルフ選手権。小林浩美は最終ラウンドで4つスコアを伸ばし、通算1アンダーの3位で海外メジャー戦の終盤戦を迎えていた。

 首位のローラ・デイビスの背中が見えてきた。もうひと伸ばしすればーー。懸命に攻める中で、17番パー3で最大のチャンスがめぐってきた。

小林浩美は1994年の全米女子プロゴルフ選手権でパットのラインを読む 【写真は共同】

 バーディーパットは、一見すれば左から右に切れるスライスライン。だが、実際にはほとんど切れない。練習ラウンドの時に確認していた。その通りに打てば、きっと入る。

 だが、急に迷いが生じた。ずっと追い続けてきた夢、海外メジャー制覇が急に現実味を帯びたからだ。

 本当に切れないのか…?自分を信じられなくなった。腹が決まらないままに、スライスラインで打ってしまった。

 やはり、切れなかった。ボールはほぼまっすぐ転がり、カップの左横をすり抜けた。

日本はなぜ、アメリカのような環境じゃないのか

 4月初旬。東京・西新橋の日本女子プロゴルフ協会オフィス。激務の合間を縫ってインタビューに応じた小林浩美会長は、少しだけ遠い目をして振り返った。

「その前年、1993年の全米女子オープンでは、3日目、最終日と2日続けて最終組でプレーしました。優勝争いを終盤ホールまで続けたのですが、4位で終わりました。16番ホールと18番ホールを攻めすぎてスコアを落としてしまったからです。結局、気持ちが強く出てしまい、勇み足で負けちゃった、と振り返ってみて思いました」

 全米女子プロ選手権の3位、そして全米女子オープンの4位はともに、順位はパーソナルベストになった。だが、残ったのは悔しさのほうが大きかった。

1993年の全米女子オープンでショットを放つ 【Gary Newkirk /Allsport】

 どちらの大会も、勝負どころはサンデーバックナインにあった。そこで「差」が出た。攻め方も気持ちも整理できなかった。冷静さを欠いた。

「アウェー感みたいなものは決してなかったんですよね。日本の中継局の方もいらっしゃっていましたし、出場している日本勢もそれなりに多かったので、応援する空気のほうを強く感じたんですけど…つまりはシンプルに、自分の力が足りなかった」

 肉体的なスタミナ、そして精神的なスタミナを、長丁場の中でもいかに保つか。その前提として、高いレベルで安定した技術力が必要。そう強く感じた。

 試合を重ねていくうちに、自然とひとつの考えが頭をもたげた。日本ツアーはなぜ、アメリカツアーと同じ環境にないんだろうーー。

ずっと続く「はじめまして」みたいなこと

 2010年代の初頭に至るまで、日本ツアーでは長年「3日間競技」が主流だった。小林がプロとして育った当時の1980年代も、もちろんそうだ。

「4日間の大会は、当時年間4、5試合でした。でも、アメリカでは、私が渡米した1990年当時でも、3分の2以上が4日間大会だったんですよ」

 海外メジャーともなれば、コースセッティングの厳しさがより選手の心身を削る。長丁場の場数が、普段以上にモノを言う。

岡本綾子(左)と写真に納まる 【写真は共同】

「競技日数が長いので、米国ツアーでは、当時から選手は年間通して体力強化を図っていました。加えて4日間大会になると、予選からの1日の過ごし方などからいろんなことが違ってくる」

 違いはコースの中だけにとどまらない。となれば、順応しなくてはいけないポイントをおのずと増える。

「だから、初年度は『初めまして』みたいなことが、ずっと続くんですよね。米国ツアーに慣れるまではかなり年数がかかる。自分の力がようやく発揮できるのは、そこからです」

能力は高いから…会長としての「役割」

 海外メジャーに勝てるチャンスは、そうそうめぐってくるものではない。

 小林は徐々にアメリカに順応し、やがてツアー戦で優勝も重ねるようになった。だが、全米女子オープンや全米女子プロでリベンジを果たすことは、ついにできなかった。

 日本人選手が海外メジャーで勝つには、国内でプレーする段階から4日間大会に慣れておかないといけない。逆に4日間大会をもっと増やせれば、世界のメジャーで勝てるような選手も育ってくるはず。そう思うようになった。

2010年、先代のJLPGA会長である樋口久子さんと握手 【写真は共同】

「日本の選手は、非常に厳しいプロテストを受かってくるから、能力がとても高い。なのに世界の舞台で力が発揮できないのは、やっぱりプロになったあとに求められているツアーのレベルや環境などが違うからなのかなと、ずっと思っていました」

 2011年。小林はツアー中興の祖である樋口久子のあとをうけ、日本女子プロゴルフ協会の会長に就任した。

「私の会長としての役割ってなんだろう、って考えました。私は日本のツアー歴5年に対して、アメリカのツアーでは13年やってきた。やっぱりアメリカでの経験、知見を日本に還元することじゃないか、と」

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著者プロフィール

1977年4月2日茨城県笠間市生まれ。2002年に新卒で日刊スポーツ新聞社に入社。サッカーの浦和レッズや日本代表、男子ゴルフ、埼玉西武ライオンズなどの担当記者を務める。2017年にLINE NEWSに移籍し、トップページの編成やオリジナルコンテンツ企画を担当。note、グノシーをへて、2024年7月からU-NEXTに所属。

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