「すべてシューマッハが故意にやった」 偉大なF1チャンピオンが見せた人間味
シューマッハという伝説
1991年のF1デビュー以来、シューマッハは数々の記録を塗り替えてきた。通算優勝91回、ポールポジション68回、表彰台155回の記録は、いずれもルイス・ハミルトンによって塗り替えられるまで歴代最多だった。ドイツ人初のチャンピオンであり、7回のタイトル獲得はハミルトンと並んで、今も歴代最多記録だ。
そんな数字だけでも圧倒的なシューマッハだが、今も記憶に残るレースを数多く戦ったドライバーでもあった。
たとえばレース前半にギアトラブルで5速しか使えない状態に陥り、それでも40周以上を走り切って2位表彰台に上がった1994年スペインGP。豪雨で完走6台のサバイバルレースで、2位以下に45秒以上の大差をつけて完勝した1996年スペインGP。ミカ・ハッキネンとの死闘を制してフェラーリ移籍後初タイトルを獲得、自身も生涯ベストレースに挙げる2000年日本GP。そして常識はずれの4回ピットストップを敢行し、驚異的なレースペースでフェルナンド・アロンソに打ち勝った2004年フランスGP。
シューマッハは類まれな才能と、さらなる高みまで磨き上げる努力と集中力、逆境でも存分に実力を発揮できるメンタルの強さ、「チーム・シューマッハ」に優秀な人材が集結させる人間的魅力、その全てを持ち合わせた稀有なドライバーだった。
数々の物議を醸したレース
まず1997年最終戦のヨーロッパGP。この年のシューマッハは新鋭ジャック・ビルヌーブと激しい優勝争いを繰り広げ、わずか1点差のランキング1位でシーズン最終戦を迎えた。レースはポールポジションのビルヌーブがスタートで出遅れ、シューマッハが先行。しかし中盤以降はペースに勝るビルヌーブが1秒以内に迫る展開となった。
48周目、ヘアピンカーブでインを突いたビルヌーブに、シューマッハが被せる形となって2台が接触。コース外に弾き出されたシューマッハはそのままリタイアとなり、車体にダメージを受けながらも3位でチェッカーを受けたビルヌーブがタイトルを確定した。一方シューマッハの行為は「故意ではないが深刻な過失」とされ、1997年度ドライバーズ選手権の結果からの除外が決まった(ただし獲得ポイント、勝利の剥奪はなかった)。
そしてもう一つが、2006年モナコGP予選だ。セッション終盤、最速タイムを出していたシューマッハはラスカスコーナーでスピン。コース上に立ち往生したことで、アロンソらライバルたちは最後のアタックができなくなった。予選後、競技委員はシューマッハの行為を故意と認め、最後尾からのスタートを決めた。レースはポールポジションのアロンソが優勝、シューマッハは5位に終わった。