ジャンボ尾崎が残した"スピリット"とは 中嶋常幸が語る「AON」マスターズ挑戦の50年史

塩畑大輔

近づいて分かる壁の大きさ。隆盛という名の「足枷」

 青木は2年後の全米オープンで2位に。

 マスターズにも1988年まで11年続けて出場し、1985年には16位に入った。

 中嶋も1986年のマスターズで優勝争いを演じた。

 最終日の後半に入った時点で、首位と2打差に迫った。

 最終的に8位に入り、尾崎の日本人最高順位に並んだ。

 だが、悲願に迫ったことで、かえって大きな壁の存在を感じることにもなった。

 後半開始時点で同じスコアだったニクラウスが、スコアを伸ばして優勝した。

 一方で、自分には肉体的にも精神的にも、スコアを伸ばせるような余力がなくなっていた。

「どうやったら、ニクラウスのようにマスターズで勝てる力を持てるのかと。当時、100メートルの短距離走で『10秒の壁』と言われていた。それと同じで、ここから先はとんでもないなぁというのを感じました」

1986年、優勝争いに加わる中嶋常幸は18番グリーン周辺からの歓呼の声に応じる 【Photo by Augusta National/Getty Images】

 そのためには、アメリカで戦い続けるしかない。

 おそらく、青木さんもジャンボもそう感じているのだろう。そう思った。

「俺が最初に越えてやる、というか、自分が一番先にそれを成し遂げたいという気持ちは3人とも強かったと思う。でも、青木さんにしてもジャンボにしても僕にしても、日本ツアーというものを捨てられなかったわけですよ」

 3人の活躍で、当時の日本ツアーは黄金時代を迎えていた。

 世界屈指の人気を誇り、賞金総額もPGAツアーに匹敵する規模に達していた。

 皮肉なことに、その隆盛ぶりには「足枷」の側面もあった。

 立役者の3人は、日本を簡単に離れ続けるわけにはいかなくなっていた。

一線を退いてもつないだ夢のあとさき

 3人でそうした話をする機会はあったのだろうか。

「ないです。当時はそんなに仲良くなかったから。60歳をこえてからなら、3人で話すこともあったけど」

 ただ、それぞれに思いをめぐらせていることだけは分かっていた。

 置かれた状況の中で、いかにあの苦しいマスターズのサンデーバックナインを戦い抜くすべを身につけるか。

 ジャンボはティーショットを武器に。青木さんはショートゲームに活路を見いだすだろう。

 自分は総合力を高めて勝負する。三者三様の戦い方で、大きな壁に挑み続けた。

1984年、マスターズで多くのギャラリーに囲まれてプレーする青木功 【Photo by Augusta National/Getty Images】

 3人の挑戦は、毎年TBSの生中継で日本のお茶の間に伝えられ続けた。

「ゴルフがここまで人気になったうえで、マスターズ放送の功績というのはすごく大きいと思う」

 もちろん、自分たちの頑張りに対する自負はある。

 ただそれが、地上波で多くの国民に伝わっていったからこそ、と強く感じている。

 AONは国民の悲願であるマスターズ制覇を果たせないまま、一線を退いていった。

 だがそれぞれに、次世代に夢をつなぐべく動き続けた。

 青木はJGTOの会長になり、国内ツアーの選手たちのアメリカ挑戦を後押しした。

 放送の功績を強く感じていた中嶋は、マスターズの解説をライフワークにするようになった。

 そして2021年、松山英樹がマスターズで優勝した。

命が尽きて、伝えられなくなったら…

 AONの宿願でもあった「日本勢の大会制覇」。

 それを見届けた中嶋は、2025年大会を最後にマスターズの解説を引退した。

 同じ年の年末。尾崎が78歳でこの世を去った。

 晩年はアカデミーでの後進育成に力を入れていた。

 4月には教え子の西郷真央が、海外女子メジャー・シェブロン選手権で優勝を果たしていた。

「後世に残したい、後進たちの指導に自分の力を使いたいと思うのは当然だよね。知識も財産だし、経験も財産。それを次の世代に伝えていきたい」

【U-NEXT】

 その思いこそ、アカデミーの原点。

 ジャンボのアカデミーもそう。自らが立ち上げたアカデミーでもそうだ。

 静ヒルズでのイベント直前。

 尾崎のアカデミーが活動を休止することが発表された。

 中嶋は静かにうなずく。

「伝えきったら、終わりなんですよね。自分の命が尽きて、伝えられなくなったら、役目は終わり」

建学の精神と通じる、名ゴルファーだけの「スピリット」

 ただ、と中嶋は続ける。

「慶応にしたって、その創設者がいて、スピリットが残って、学校としては立派に存続していますよね。後に残る人がアカデミーを残すかどうかはそれぞれにしても、スピリットは残っていく」

 尾崎の残したスピリットとはなんなのか。

 追悼番組で流れていた、生前ジュニアを指導するシーンで感じるものがあった。

「ジャンボが自分の練習場の後ろで若い選手を見てるわけですよ。でも見てるだけで、ジュニアたちは違うの。見てるだけでやっぱり真剣勝負になるわけ。あれこそがやっぱりスピリットじゃないかな」

2021年、尾崎はアカデミー入会候補生のスイングに鋭い視線を送る 【写真は共同】

 言葉で「打ち方はこうだ」と伝えているわけではない。

 後ろでじっと見ている。

 その視線にスピリットがこもっているのだと、中嶋は言う。

「答えを全部教えて、手取り足取り教えるっていうことは、果たしてそれはスピリットになるのかなって。見つめるだけで、そこにいるだけで空気が締まる。そういう教え方は理想だなとあらためて思う」

クラブを持っただけで伝わる「違い」

 だが、なぜジュニアたちは尾崎の視線に重みを感じるだろうのか。

 AONの全盛期を知らないはずなのに。

「にじみ出るんじゃないかな、きっと」

 自分の言葉を噛み締めるように言う。

「観阿弥、世阿弥が年を取っていったとき、だんだん主役の座はできなくなっていったんだけど、一瞬の芸については現役バリバリの頃と同じ形ができたらしいんだよね」

 尾崎もそうだったのではないか。

「18ホール全部は回れない。でも一瞬のアドレス、一瞬のアプローチ、それができちゃう。もっと言えば、クラブを持っただけでも違いを見せられる」

構えただけで伝わるものがある。それこそが超一流の証 【U-NEXT】

「現役時代バリバリの姿を見たことのない子どもにも、クラブを握って構えを取るだけで伝わるものがある。それがやっぱり、超一流までやった人の空気感だろうね」

 午前中からの雨が上がって、クラブハウスには春の日差しが差し込んできた。

 少しだけまぶしそうにしながら、しみじみとうなずく。

「青木さんにも通じるところがあると思う。それこそが僕ら3人、世界を目指して真剣勝負を戦ってきたからこその財産、なのかな」

 たとえアカデミーが休止になっても、スピリットは残る。

 ジャンボの教えは永久に不滅。そう強く感じている。

数々のスピリットが宿る、あの舞台へ

 松山がマスターズに挑むさまを思い出す。

 オフのイベントでは、あれほどの優しさ、敬意を示してくれた。

 だがマスターズの大会期間中は、中嶋でさえ近寄りがたいと感じるほどの緊張感を終始たたえていた。

 それもまた、スピリットなのだと思う。

 すべてを懸けて、究極の舞台で戦うものだけが持ち合わせるスピリット。

2026年、マスターズ開幕に備えコースで最終調整を行う松山英樹 【Photo by Hector Vivas/Getty Images】

 大会のスタジオ解説を引退した今、中嶋には時間ができた。

 家族、友人と誘い合わせて、今年のマスターズは現地で観戦する。

 コースにもスピリットは宿る。

 優勝を目指す世界トップクラスの選手たちのスピリット。そして、歴代の選手たちが残してきたスピリット。

 もちろん、日本勢初の優勝を目指して戦い続けたAONのスピリットも宿っている。

 そんなオーガスタナショナルGCに、もう一度行きたい。ずっと考えていたことだった。

2025年、マキロイ悲願の初優勝。名選手たちのスピリットが大会に、コースに宿っていく 【Photo by Richard Heathcote/Getty Images】

 そして、マスターズの中継は続く。

 中嶋のあとを受けるのは、松山の優勝を一緒に見届けた宮里優作。

「きっと彼だったら、新しく、素晴らしい解説をしてくれるだろうと思う。きれいにバトンを渡せたんじゃないかなと」

 多くのスピリットが宿る唯一無二の大会、マスターズ。

 今年もより多くの人々に見届けてほしい。スピリットを感じてほしい。心からそう思っている。

【U-NEXT】

取材イベント:TOMMY CUP
取材協力:コアフォース

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著者プロフィール

1977年4月2日茨城県笠間市生まれ。2002年に新卒で日刊スポーツ新聞社に入社。サッカーの浦和レッズや日本代表、男子ゴルフ、埼玉西武ライオンズなどの担当記者を務める。2017年にLINE NEWSに移籍し、トップページの編成やオリジナルコンテンツ企画を担当。note、グノシーをへて、2024年7月からU-NEXTに所属。

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