久保建英、冨安健洋、髙橋仁湖、そして西山芯太 幼くしてバルサの哲学を学ぶ日本人選手の増加と直面する厳しい世界
冨安はバルサアカデミー福岡校の卒業生
その中の1つにFCバルセロナが主催する、今年で13回目を迎えるバルサアカデミーワールドカップ(以下BAWC/今年は3月30日から4月2日に開催)がある。
バルサの育成が優れていることは、現在のスペイン代表にマルク・ククレジャ、アレハンドロ・グリマルド、ラミン・ヤマル、ダニ・オルモ、パウ・クバルシら多数の選手を輩出していることからも明らかだが、「ラ・マシア」(バルサの下部組織の総称)のトレーニングメソッドを普及し、世界にバルサブランドを広めることを目的に作られたのが、バルサアカデミーというサッカースクールだ。
そして、2012年から毎年春にバルサの全アカデミー、および世界中のバルサアカデミーが参加して行われる国際トーナメントが、前述したBAWCである。
実は、日本のバルサアカデミーの数(福岡、葛飾、奈良、横浜、広島、愛知の6校)は、アメリカ(7校)に次いでスペイン国外では2番目に多い。アジアではもちろんナンバーワンであり、男女1500人以上の選手がプレーしている。なかでも09年に日本国内で最初に創設された福岡校は、バルサアカデミーの公式サイトによれば、これまでに9名のプロサッカー選手を輩出してきた。
その卒業生として、最も有名な日本人選手は冨安健洋だろう。彼が現在、アヤックスに在籍しているのも不思議ではない。なぜなら、バルサの育成システムは、元アヤックスのヨハン・クライフがこのカタルーニャの地に降り立ったことを起源として形作られたからだ。
バルサアカデミーの視点に立てば、冨安はまさに王道を歩んでいると言える。そして現在、そのアヤックスを率いているオスカル・ガルシア監督もラ・マシア出身であり、クライフが監督としてバルサを率いた最後のシーズン(1995-96)にチーム得点王となった人物だ。おそらく冨安にとって、ガルシア監督のサッカー哲学はなじみやすいものだろう。
伸びしろがないと判断されれば切り捨てられる
身もフタもない言い方になるが、スクール代さえ払えばプレーし続けられるバルサアカデミーとは異なり、ラ・マシアでは伸びしろがないと判断されれば、いくら本人が努力したところで、そこに留まり続けることはできないのだ。
以前、ラ・マシアの館長をはじめとする数人の関係者に取材をする機会があった。そこで誰もが口を揃えて話したのは、「毎年選手を切り捨てなければいけない、その作業が何よりも辛い」ということだった。いくら技術的に優れていようとも、伸びしろが限られる選手は必ずいて、ラ・マシアの指導者たちは長年の経験をもとにその限界を見抜くのだ。
しかし、彼らの辛い作業によって、まだこの場にはいないが、外でラ・マシア入団の機会を待っている選手たちのチャンスにつながるのも、また事実である。
そうやってチャンスをつかんだ1人が、久保建英だ。
8歳のときにバルサアカデミーキャンプ(バルサの育成プログラムで、バルサアカデミーのスペイン人コーチから直接指導を受けられる機会。アカデミーで学ぶ子どもたち以外も参加できる)でMVPを獲得し、その褒賞として現地バルセロナでのトレーニングに招待され、最終的にラ・マシアに入団することになった話はよく知られているが、前述の通り、ラ・マシアに入ったからといって、その後のキャリアが必ずしも順風満帆というわけではない。
入団後も継続的に実力を証明していかなければ、プレーすることすら許されない厳しい世界が、そこには待ち構えている。
日本でのバルサアカデミーキャンプは07年から毎年行われており、当初は年に1回開催だったが、現在は冬、春、夏と年に3回の機会が設けられている。
しかしこの19年間で、09年の久保をはじめすでに52人もの選手がMVPに選出されているが、海外でプレーするに至った選手はほとんどいない。才能に恵まれた10歳前後の子どもたちが、世界でも通用するレベルになるまで成長を止めずにいることがいかに難しいか、よく分かるだろう。