代表戦初解説は第2の故郷グラスゴーで 中村俊輔氏が語る英遠征の「可能性」

佐藤大輝、塩畑大輔
 サッカー日本代表は3月29日午前2時(日本時間)から、スコットランド代表とグラスゴーで強化試合を行う。中村俊輔氏はU-NEXTによるライブ配信で、現地からの解説を担当する。今まで断り続けてきた代表戦の解説オファーを、なぜ今回初めて受けるにいたったのか。「グラスゴーの英雄」として現地で大歓迎を受けるかたわら、その理由を語った。

セルティックにおいて「生ける伝説」と称される活躍を見せた中村 【Getty Images Sport】

 現地時間27日午後1時。スコットランドの国立競技場、ハムデン・パークのサブグラウンド。

 中村俊輔は、スコットランド代表の公式練習終わりのピッチサイドで、約束の時間を待っていた。

 やがてピッチの反対側から、ひとりの選手が歩み寄ってきた。
「予選通過おめでとう」。そう声をかけると、とてもうれしそうにハグを求めてくる。

再会を喜ぶ中村とティアニー 【U-NEXT】

 選手の名はキーラン・ティアニー。
 スコットランド代表の中心メンバーのひとりだ。

 18年ぶりの再会だった。

 2008年。グラスゴー・セルティックに所属していた中村は、本拠地セルティック・パークに下部組織の子どもたちを迎えてのイベントで、ひとりの子どもに声をかけた。

憧れの中村を眩しそうに見上げていた少年は18年後、母国をW杯に導くヒーローに 【U-NEXT】

「一番いいプレーをしていたよ。ずっと履いてたから臭いけど、洗ってね」

 そう言って、スパイクを脱いでそのままプレゼントした。その相手が、まだ10歳のティアニーだった。

 これを励みに、少年はトップチームに昇格。

 さらには世界屈指のビッグクラブ、アーセナルへの移籍も果たした。スコットランド代表としても、昨年11月にはワールドカップ予選の最終戦で決勝ゴール。母国を本大会出場に導いた。

生ける伝説。凍り付く少年

 スパイクを受け取った瞬間、あまりの驚きに凍り付いたように動けなくなった。
 ティアニーの当時の様子は、今もSNS上に動画として残っている。

 彼がそこまで中村を慕っていたのは、単に「トップチームの選手だったから」ではない。

 中村はセルティックにおいて「生ける伝説」と称されるほどの存在だった。

 絶対的な司令塔として、在籍した4シーズンで3回のスコットランドリーグ優勝に導いただけではない。

 2006-07シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ・1次リーグ。
 中村は初となる大舞台の初戦・マンチェスター・ユナイテッド戦で直接FKを決めた。

セルティックをクラブ史上初のCL決勝トーナメントへ導く活躍を見せた中村 【Getty Images】

 名将ファーガソンが率いる常勝軍団は、世界的名手であるGKファン・デル・サールを擁していた。

 その分厚い壁を、敵地オールド・トラフォードで破ってみせた。大会再編後、日本人として初の得点だったが、それ以上の衝撃を世界に与えた。

 活躍はさらに続く。

 第5節、ホームにマンチェスター・Uを迎えたリターンマッチで、中村の左足が再び一閃した。

 2戦連続の直接FK弾。これで1-0の勝利、さらにはクラブ史上初の決勝トーナメント進出に導いた。

 スコットランドのクラブが、イングランドが誇る世界最強クラブに一矢報いる、という図式も地元民にとっては大きな意味がある。グラスゴーの街は、歴史的な快挙に沸いた。

 2024年には、セルティック過去20シーズンのベストゴールにこのFK弾が選ばれた。

 あの夜のセルティック・パークでの出来事、そして中村という不世出の司令塔の姿は、スコットランドのファンの心に今も強く刻まれている。

「4年も暮らしていたんだもんな」

 ナカがグラスゴーに帰ってくるらしい。
 今回の代表戦を前に、現地ではそんな話が早くから広がっていた。

 特に、中村が解説を担当するU-NEXTの現地スタッフは、メディアや関係者から「いつ来るんだ?」と質問攻めにあっていた。過度の騒ぎを防ぐために回答を避けていたが、現地の人々はそれくらいではあきらめなかった。

 現地時間26日夜。 グラスゴーの空港についた中村は、数日に渡って粘り強く「出待ち」を続けていたというファンに迎えられた。

「12年ぶりだね!」
「横浜FCというクラブでコーチをしていたんだろう?」

 覚えてくれていた。ずっと気にかけてくれていた。
 長旅で疲労もあったが、表情はほころんだ。

空港でファンに囲まれる中村 【U-NEXT】

 空港からホテルまで、タクシーの車窓には懐かしい景色が広がっていた。

 前方に大きな建物が見える。セルティック加入直後、家が決まるまで仮住まいしていたホテルだ。

「懐かしいな。ここから始まったんだよ」

 高速道路をへて、タクシーは市街地へと滑り込む。

「そうそう、子どもを通わせていた幼稚園もここらへんだった。小さい街だけど、だからこそ住みやすかったんですよね」

 すでに夜のとばりがおりてはいたが、それでもどのあたりを走っているのかは、すぐに分かった。

「4年も暮らしていたんだもんな」

 感慨深げに、そうつぶやいた。

1/2ページ

著者プロフィール

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント