代表戦初解説は第2の故郷グラスゴーで 中村俊輔氏が語る英遠征の「可能性」
中村俊輔は、スコットランド代表の公式練習終わりのピッチサイドで、約束の時間を待っていた。
やがてピッチの反対側から、ひとりの選手が歩み寄ってきた。
「予選通過おめでとう」。そう声をかけると、とてもうれしそうにハグを求めてくる。
スコットランド代表の中心メンバーのひとりだ。
18年ぶりの再会だった。
2008年。グラスゴー・セルティックに所属していた中村は、本拠地セルティック・パークに下部組織の子どもたちを迎えてのイベントで、ひとりの子どもに声をかけた。
そう言って、スパイクを脱いでそのままプレゼントした。その相手が、まだ10歳のティアニーだった。
これを励みに、少年はトップチームに昇格。
さらには世界屈指のビッグクラブ、アーセナルへの移籍も果たした。スコットランド代表としても、昨年11月にはワールドカップ予選の最終戦で決勝ゴール。母国を本大会出場に導いた。
生ける伝説。凍り付く少年
ティアニーの当時の様子は、今もSNS上に動画として残っている。
彼がそこまで中村を慕っていたのは、単に「トップチームの選手だったから」ではない。
中村はセルティックにおいて「生ける伝説」と称されるほどの存在だった。
絶対的な司令塔として、在籍した4シーズンで3回のスコットランドリーグ優勝に導いただけではない。
2006-07シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ・1次リーグ。
中村は初となる大舞台の初戦・マンチェスター・ユナイテッド戦で直接FKを決めた。
その分厚い壁を、敵地オールド・トラフォードで破ってみせた。大会再編後、日本人として初の得点だったが、それ以上の衝撃を世界に与えた。
活躍はさらに続く。
第5節、ホームにマンチェスター・Uを迎えたリターンマッチで、中村の左足が再び一閃した。
2戦連続の直接FK弾。これで1-0の勝利、さらにはクラブ史上初の決勝トーナメント進出に導いた。
スコットランドのクラブが、イングランドが誇る世界最強クラブに一矢報いる、という図式も地元民にとっては大きな意味がある。グラスゴーの街は、歴史的な快挙に沸いた。
2024年には、セルティック過去20シーズンのベストゴールにこのFK弾が選ばれた。
あの夜のセルティック・パークでの出来事、そして中村という不世出の司令塔の姿は、スコットランドのファンの心に今も強く刻まれている。
「4年も暮らしていたんだもんな」
今回の代表戦を前に、現地ではそんな話が早くから広がっていた。
特に、中村が解説を担当するU-NEXTの現地スタッフは、メディアや関係者から「いつ来るんだ?」と質問攻めにあっていた。過度の騒ぎを防ぐために回答を避けていたが、現地の人々はそれくらいではあきらめなかった。
現地時間26日夜。 グラスゴーの空港についた中村は、数日に渡って粘り強く「出待ち」を続けていたというファンに迎えられた。
「12年ぶりだね!」
「横浜FCというクラブでコーチをしていたんだろう?」
覚えてくれていた。ずっと気にかけてくれていた。
長旅で疲労もあったが、表情はほころんだ。
前方に大きな建物が見える。セルティック加入直後、家が決まるまで仮住まいしていたホテルだ。
「懐かしいな。ここから始まったんだよ」
高速道路をへて、タクシーは市街地へと滑り込む。
「そうそう、子どもを通わせていた幼稚園もここらへんだった。小さい街だけど、だからこそ住みやすかったんですよね」
すでに夜のとばりがおりてはいたが、それでもどのあたりを走っているのかは、すぐに分かった。
「4年も暮らしていたんだもんな」
感慨深げに、そうつぶやいた。