高校野球 令和の継投論

「理想はエースと心中」を令和も貫く花咲徳栄 岩井監督が“投手指導の名人”の考えを伝える理由

大利実

【写真は共同】

 カウント途中での継投、「雨が降る前に傘を差す」早めの継投、マシンガン継投、選手の身体を守る継投、もしくはエースと心中……果たして正解は?令和の高校球界で戦う監督8人が答える。

『高校野球 令和の継投論』から花咲徳栄高校・岩井隆監督の章を一部抜粋して公開します。

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理想はエースと心中「黒川、黒川、雨、黒川」

 2025年秋の関東大会で準優勝を果たし、6年ぶりにセンバツ出場権を勝ち取った花咲徳栄。初戦の法政二戦では、5回まで0対9とリードされる苦しい展開も、中盤以降に打線が爆発して10対9の逆転勝利を収めた。

 被安打12を浴びながらも、最後までマウンドを守り抜いたのがエース右腕の黒川凌大だった。5回終了時点で114球を投じ、9回まで176球の粘投。劣勢の流れを変えるために、「継投」の選択肢も考えられる展開だったが、岩井隆監督はまったく動かなかった。「続投」に込めた想いに、指揮官の信念が詰まっていた。

「あれはもう、意地ですよ。オレの意地。入学したときから時間をかけて、黒川のことを作ってきて、『この代のエースは黒川』と誰もがわかっている。あの展開で黒川を代えるのは、オレの野球が負けるのと同じこと。黒川には、自分が持っている引き出しのすべてを伝えてきている。エースとは運命共同体。理想はエースと心中。だから、代えることは一切考えなかったです」

「エースと心中」。この令和の時代にはっきりと口にする監督は珍しい。

 夏休みの練習試合では、2試合連続完投もあった。「投げさせすぎだろう」と言われかねないが、もちろん、確固たる考えがあってのことだ。

「ピッチャーはボールを投げなければ、投げる力はつかない。投げる訓練が必要です。うちは冬でも、暖かければブルペンに入ります。試合では何も、最初から最後まで全力で投げなくていいわけです。立ち上がりに力を入れて、中盤にちょっと落として、終盤にまた力を入れる。こうしたギアチェンジができないと、エースにはなれません」

 長いイニングを投げることで、頭と体でピッチングを覚える。

 序盤に打ち込まれた法政二戦では、勝負の分岐点となったシーンが6回裏にあった。表の攻撃で4点を返し、4対9まで追い上げたあとに二死二塁のピンチを迎えた。打席には、前の打席で3ランを打たれた法政二の四番・榑松正悟。追加点を取られれば、流れは完全に法政二に傾く。申告敬遠も考えられる場面だったが、岩井監督はあえて勝負を選んだ。黒川と佐伯真聡のバッテリーは、1ボール2ストライクからインハイのストレートで空振り三振を奪った。

「あそこは絶対に勝負。あそこで逃げていたら、うちに流れは来ない。最後にインコースに投げ切れたのが、黒川の力ですよ」

 序盤、法政二の打線を甘く見ていたわけではないが、アウトコース中心の配球となり、打球が内野の間を抜けていくアンラッキーなヒットが続いた。要所でインコースを使っていれば、あれほどの失点はなかった可能性もある。

 法政二戦でもうひとつ面白いのが、同点で迎えた8回裏、一死二、三塁のピンチで再び榑松を迎えた場面だ。ここでは申告敬遠を選び、続く打者をスライダーで空振り三振、次打者もセカンドゴロに抑えて、9回の勝ち越しにつなげた。

「あそこは申告敬遠。無理に勝負するところではない。どちらの打者のほうが三振を取りやすいかを選んだ結果です」

 攻めるところは攻めて、引くところは引く。この駆け引きを制したからこその大逆転勝利だった。どれだけ球数を投げても、そのピッチングができるからこそ、黒川は花咲徳栄の「1」を背負っている。

「自分にはどこかに昔の考えが残っていて、『権藤、権藤、雨、権藤』ではないですけど、『黒川、黒川、雨、黒川』という感覚がある。それは、自分の恩師でもある稲垣さんがそうだったから。その影響は間違いなく受けています」

 稲垣さんとは、高校時代(桐光学園)の恩師である稲垣人司監督のことだ。稲垣監督に野球を教わるために、地元の埼玉県川口市から桐光学園に進学。東北福祉大卒業後の1992年から、稲垣監督が指揮していた花咲徳栄のコーチに就いた。「投手指導の名人」と呼ばれた稲垣監督のそばで理論を学び、恩師が2000年10月に急逝してからは、監督として理論を伝える側となった。

「稲垣野球=岩井野球」と表現しても過言ではない。特に投手育成においては、「9割が稲垣理論」と語り、恩師の考えを伝え残していく使命を感じている。


「継投が増えれば増えるほど、試合が動き、リスクが高まる。稲垣さんは、今のオレよりも継投が嫌いな人でしたから。継投で試合を動かしたくない。それでも、夏の甲子園を勝ち抜くことを考えたら、エースひとりだけでは難しいことはさすがに痛感している。心中できるピッチャーが2人、3人いれば、継投で勝つことも考えていきます」

 2017年に、埼玉県勢として初となる夏の日本一を果たしたときは、甲子園のすべての試合で先発・綱脇慧、リリーフ・清水達也(中日)の継投で勝ち切った。ハイレベルなダブルエース。信頼できるピッチャーを二枚作れたときは、当然強い。2024年夏に、5年ぶりに埼玉大会を制したときも、力で勝負できる上原堆我(オリックス)と、三振を奪える岡山稜(上武大)の二枚がいた。

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著者プロフィール

1977年生まれ、横浜市出身。大学卒業後、スポーツライター事務所を経て独立。中学軟式野球、高校野球を中心に取材・執筆。著書に『高校野球界の監督がここまで明かす! 走塁技術の極意』『中学野球部の教科書』(カンゼン)、構成本に『仙台育英 日本一からの招待』(須江航著/カンゼン)などがある。現在ベースボール専門メディアFull-Count(https://full-count.jp/)で、神奈川の高校野球にまつわるコラムを随時執筆中。

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