仙台育英・須江監督が悔いる昨秋の「決断の遅さ」 日本一導いた強力投手陣と継投論
『高校野球 令和の継投論』から仙台育英高校・須江航監督の章を一部抜粋して公開します。
決断の遅さで敗れた2025年秋
仙台育英・須江航監督に連絡を入れると、「秋は自分の決断の遅さで負けたんですけど、それなのに継投を語っていいのでしょうか」と、電話の向こうで遠慮気味に笑っていた。
2025年秋、宮城大会決勝で長年のライバルである東北に2対1で競り勝ち、宮城1位で東北大会に乗り込んだ。初戦の秋田中央戦では、1年生の右腕・古川諒弥が5回無失点で試合を作ると、2年生の左腕・井須大史が1イニングを締めて、14対0の6回コールドで快勝した。
大きなヤマは準々決勝の聖光学院戦。前年秋の東北大会でも準々決勝でぶつかり、2対3で敗れている。
須江監督が先発に送り出したのは、1年生の実戦派左腕・日高龍之介。ストレートは130キロ台中盤だが、変化球の精度が高く大崩れをしない。宮城大会準決勝の名取北戦では4回無失点、続く東北戦では3回1失点と、スターターとしての役割を果たしていた。
「聖光学院のバッティングの構造上、特に主軸の右打者の打ち方を考えたときに、左の日高のほうが試合を作れる、という判断でした。日高はストレートでもスライダーでも、右バッターのインコースをしっかりと突けるのが特徴です」
聖光学院は一番の猪俣陽向、三番の藤崎翔勇斗を含め、スタメンに右打者が8人並ぶ。仙台育英は福井勇翔、古川、さらに同年夏の甲子園でも登板した梶井湊斗と、ストレートとスライダーが武器の右腕もいたが、「右投手のほうが右打者のスイング構造に合いやすい」というのが指揮官の読みだった。
初回、日高は変化球を軸に三者凡退に抑える上々のスタート。2回も先頭の十文字陽生からスライダーで空振り三振を奪ったが、1年生のキャッチャー倉方湊都が後ろに逸らし、振り逃げで出塁を許す。ここから、犠打、四球で一死一、二塁とされたあと、大岡匠にレフト前タイムリーを打たれ、さらに四球で一死満塁。九番の松本叶我をショートフライに打ち取り、最少失点で凌げるかと思った矢先、ベンチがもっとも警戒していた猪俣にライト前への2点タイムリーを浴びて、計3点を失った。ここで須江監督は、日高から福井に継投した。
「猪俣くんには一番投げてはいけない球でした。インコースを狙った初球が、アウトコースの逆球になってしまった。ただもう振り返ってみればですが、完全に監督の采配ミスです。継投のタイミングが2つぐらい遅い。“霧雨”ぐらいの雨模様に見えていたんですけど、もう“豪雨”でしたね。映像を確認すると、日高が本調子とは言えず、ボールの抜け方が悪かった。ベンチからの角度では、そこに気付くのが遅れました。もっと言えば、そのあとに登板した福井、梶井、古川がしっかりと試合を作ってくれたのを見ると、左投手にこだわらなくてもよかったかなと思うところはあります」
日高のストレートの平均球速が、9月から10月にかけて少しずつ落ちているところもあった。1年生の体力面や技術面を考えると、「調子の波」は当然ある。
「状態が落ちているところで投げさせてしまったのは、監督の責任です。日本シリーズやワールドシリーズを見ているとよくわかりますが、短期決戦では状態がいいピッチャーをどんどん継ぎ込んでいく。あのとき、調子という面では福井と古川が上がってきていました。あの頃のチームにはまだピッチャーの“核”と呼べる選手がいない分、継投が非常に重要で難しい。難しいときこそ、判断を早め早めにするべきでした。遅かったですね」
攻撃面での反省もある。3回に1点を失って0対4となった直後の攻撃で、一死一、三塁のチャンスを迎えた。三番の今野琉成にそのまま打たせたところ、6-4-3の併殺となり、以降は重苦しい展開となった。
「セーフティスクイズで絶対に1点を取りにいくべきところでした。聖光学院の先発投手(松本叶我)の出来と、うちの打線を考えたときに、もう少し得点を取れると思ってしまった。これもまた、監督の見込みの甘さです」
スコアは1対4。2回表の3失点が致命傷となり、3年連続でセンバツを逃すことになった。