4年前までJ3の安藤智哉、ブンデスリーガで定位置を確保 27歳のCBが“デンジャー”と呼ばれるようになった分岐点
加入から約2カ月でデンジャーな存在に
こうして10代や20代前半での移籍が当たり前となる中で、今冬の移籍市場で安藤智哉が下した決断は際立っていた。4年前までJ3でプレーしていた選手が、27歳でブンデスリーガに足を踏み入れる。そう聞いて、すぐに信じられる人がどれだけいるだろうか。
移籍先は藤田譲瑠チマらが在籍するザンクトパウリ。残留争いの真っ只中にいるチームは、J3のFC今治、J2の大分トリニータ、J1のアビスパ福岡とJリーグの各カテゴリーで揉まれ、酸いも甘いもかみ分けてきた安藤を、即戦力になり得る存在として今年1月に獲得した。交渉段階においては、オンラインミーティングでアレクサンダー・ブレシン監督自らが熱意を示すなど、クラブの本気度が窺える補強だった。
加入から約2カ月。ザンクトパウリの最終ラインには、すでに主力として躍動する安藤の姿がある。ブンデスリーガの屈強なFWに対して厳しい球際の守備を見せれば、武器の1つであるビルドアップでも確かな力を披露するに至っている。
チーム内の評価も上々で、チームメイトから「デンジャー」というニックネームを付けられるなど、存在感は日増しに高まっている。
ちなみに『ハンブルガー・モーゲンポスト』は「デンジャー」の由来について、“常にボールを追いかけて大抵の状況を打開する”というプレースタイルに基づくものと考察しているが、その真意はチームの面々のみぞ知る。ただ、少なくとも安藤が対戦相手にとって危険(デンジャー)な存在であることは、もはや周知の事実だ。
愚直な姿勢が実を結んでブンデスデビュー
異国の地での最初の壁は、やはり言語だった。最終ラインの選手にとってピッチ上の指示やセットプレーの確認、そして何よりチームメイトとの細かなニュアンスの共有は必須である。ドイツ語と英語が飛び交うザンクトパウリの練習場で、27歳の新参者が孤立しても不思議ではなかった。
実際、ザンクトパウリのホペイロ兼チームマネージャーを務める日本人の神原健太氏によれば、「最初は言葉が話せないこともあって、少し引っ込み思案というか、若干チームメイトとの間に距離があった」という。
試合後のミックスゾーンでドイツメディアの質問に答える姿も、少しばかり萎縮しているように感じた。もともと海外で何年もプレーしていた藤田は、昨夏の加入後、自身の英語力やコミュニケーション能力を駆使してすぐに溶け込んだが、安藤のコミュニケーション面での出遅れは、適応に時間がかかることを意味していた。
それでも、この逆境を安藤は自らの足で切り拓く。神原氏や藤田らの支えもありながら、日々のトレーニングで100パーセントの自分をぶつけ続けると、その愚直な姿勢が実を結び、1月17日(現地時間、以下同)の第18節ドルトムント戦でついにブンデスリーガデビューを果たすのだ。