かつてのイチロー氏を彷彿とさせた大谷翔平の満塁弾 「手が残る」技術とパワーが両立した衝撃の一打
「これで試合が決まる」全員が予感した満塁弾の衝撃
大谷翔平も打った瞬間に確信。一瞬、全力で走る素振りを見せたので、入らないのか? と疑ったが、やがて客席に白球が消えた。
二回表1死満塁。ここで満塁ホームランが出たら……。
あの場面、客席にいた、いや、あの試合をネットで見ていた人も含め、すべての人の脳裏に、そのことがよぎったはず。
興奮、あるいは戦慄。それは日本と台湾のファンでは、まるで真逆だったに違いないが、結論は同じ。
これで試合が、決まる。実際、そうなった。
大谷は、「あの回に尽きる」と話し、「(4点を)取った後もみんな集中して、フォアボールもしっかり取れていた。いいゲーム運びができた」と続けたが、いやいや、なんといってもやはり、あの満塁弾に尽きる。あれで硬かった他の選手の緊張も解けた。
それにしてもあれは、大谷にしか打てないような、技術とパワーが両立してこそ可能な本塁打ではなかったか。
ふと、2006年のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で、イチローさん(マリナーズ会長付特別補佐兼インストラクター)が米国戦の初回に先頭打者本塁打を放ったことを思い出したが、別の意味でも、イチローさんの記憶が蘇った。
2009年9月、イチローさんは、9年連続で200安打をマークした。過去、9年連続で200安打を記録したのは、ウィーリー・キーラー(オリオールズなど)ただ1人。その彼はかつて、「どうしてそんなにヒットが打てるのか?」 と聞かれ、「人のいないところへ打てばいいのさ」と話したという逸話が残る。
キーラーに並んだ夜、イチローさんに同じ質問をすると、「そうだなぁ」と少し考えてから、続けた。
「手を出すのは、最後だよ」
どういう意味か?
「これは、僕のバッティングを象徴しているものというか、手を出すのは最後。やはり、手が早い人はだめですよ、何をやるにも。うん。その手を出さないためにどうするかをむしろ考えているのが僕。でもどうやって、早く手を出そうかって考えているのが、わりと普通と言うか、真逆なんですよね、考え方が。だから、『手を出さない』からヒットが出る、ということじゃないでしょうか」
2-1からの3球目――76.8マイルのカーブに体が泳いだが、手が残っていた。そこから腕のしなりで、打球をスタンドまで運んだ。あの体勢からまさか――だったが、パワーと技術があっての必然。どちらかが欠けても、あの形にはならなかったのかもしれない。
もっとも、より勝利への明確な意思を伴ったのは初回の打席。
初球をフルスイングして右翼ポール際に二塁打を放ったが、初球を振っていこうと決めていたよう。本塁打なら最高だが、痛烈な打球を打つだけでも空気が変わる。「初戦なので、みんな硬くなるところですし」と大谷もそれを否定しなかった。
「しっかりアグレッシブにいい球を打ちたいなと思っていた」