イチロー、ダルビッシュ、大谷… WBC過去5大会の「語り継がれる名言集」

平尾類

第4回大会(2017年)

初戦の幻の本塁打から1週間後。山田は同じキューバを相手に2本のホームランを放ち、日本を勝利に導いた 【写真は共同】

「またグラブを持って応援に来てほしい」(山田哲人)

 初戦のキューバ戦。同点で迎えた4回二死二塁の好機で、山田哲人が振り抜いた打球は左翼席に入ったかに見えたが、スタンドの最前列にいた少年がグラブを出して捕った。外野フェンスよりも手前で捕球したことから、ビデオ判定で二塁打になった。

 試合は11-6で勝ったが、球場関係者から注意を受けた少年はSNS上で批判にさらされる事態に。山田は日刊スポーツの取材で少年を気遣って上記のメッセージを送った。

 第2ラウンド第2戦でキューバと再び激突すると、心優しきヒーローは1回に先頭打者アーチ、8回に2ランを放つなど猛打賞3打点の大活躍で侍ジャパンを勝利に導いた。

松田が打球処理にもたつく間に三塁走者の生還を許した。これが決勝点となり、日本は前回大会に続いて準決勝で敗退 【写真は共同】

「しっかりホームで殺すべきだった」(松田宣浩)

 勝負を分ける要因は細部に宿る。準決勝の米国戦。1-1の同点で迎えた8回、一死二、三塁のピンチで日本は前進守備を敷いた。2番のアダム・ジョーンズを三塁ゴロに打ち取ったが、松田宣浩がファンブルする間に三塁走者のブランドン・クロフォードが本塁に生還。一塁で打者走者をアウトにしたが、勝ち越し点を許し、これが決勝点となった。

 松田は9回二死で迎えた打席で三振に倒れ、最後の打者に。小久保裕紀監督にチームのまとめ役に指名され、気持ちを前面に出すプレースタイルで引っ張ってきたが、痛恨のミスで2大会連続準決勝敗退に。「小久保さんを世界一の監督にするという思いでいましたから、それだけは悔いが残る」と声を落とした。

第5回大会(2023年)

日本は大谷の言葉通りスター軍団の米国と堂々渡り合い、最後はその大黒柱が盟友トラウトとのドラマチックな対決を制して3度目の優勝を勝ち取った 【Photo by Christopher Pasatieri/Getty Images】

「憧れるのをやめましょう」(大谷翔平)

 決勝の米国戦の試合前に大谷翔平がナインにかけた言葉で、日本だけでなく海外でも話題になった。スター選手をそろえた米国に憧れを持っていては超えられない。「今日一日だけは彼らへの憧れを捨てて、勝つことだけ考えていきましょう」と呼びかけると、チームの士気が一気に高まった。

 試合は1点を先制された直後の2回に村上宗隆の本塁打などで逆転すると、4回に岡本和真のソロで突き放した。7人の継投策で米国の強力打線の反撃をしのぎ、9回のマウンドに立った大谷が無失点で締めて3大会ぶりの頂点に。大谷は打者として全7試合出場で打率.435、1本塁打、8打点をマークし、投手としても3試合で2勝1セーブ、防御率1.86の大活躍でMVPに輝いた。

ダルビッシュがチームにとってどれだけ大きな存在だったかは、栗山監督の言葉からもよくわかる 【写真は共同】

「今回のチームは“ダルビッシュジャパン”と言ってもいい」(栗山英樹監督)

 このWBCで「陰のMVP」と称賛されたのが、ダルビッシュ有だった。メジャーリーガーでただ1人宮崎合宿から合流すると、若手投手たちに惜しみなく助言を送るだけでなく、投手と野手の垣根を超えて食事会で交流を図るなど、チームリーダーとして結束力を高めることに尽力した。

 自身の調整に専念できなかったことがパフォーマンスに影響した部分はあっただろう。大会では本来の投球を見せられなかったが、ダルビッシュの存在なくして世界一にたどりつけなかった。

 昨年10月に右ひじの手術を受けて現在はリハビリ中だが、今回のWBCは井端弘和監督の希望でアドバイザーとして参加。選手たちから絶大な信頼を置かれる右腕は、大会連覇に向けてサポートに徹する。

(企画・編集/YOJI-GEN)

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著者プロフィール

1980年4月10日、神奈川県横浜市生まれ。スポーツ新聞に勤務していた当時はDeNA、巨人、ヤクルト、西武の担当記者を歴任。現在はライター、アスリートのマネジメント業などの活動をしている。

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