イチロー、ダルビッシュ、大谷… WBC過去5大会の「語り継がれる名言集」

平尾類

世界一を目指して戦った選手や監督から発せられた言葉には、人々の記憶に鮮明に刻まれる名言がいくつもある 【写真は共同】

 WBCは2006年に第1回大会が行われ、20年の時が流れて今大会で第6回を迎える。過去の大会では、選手たちが見せるパフォーマンスだけでなく、印象に残る多くの発言がファンの心を揺さぶった。日の丸を背負い、極限の状態で戦う選手、監督が紡いだ言葉は深くて重みがある。年月を経ても色褪せない名言を振り返ってみよう。

第1回大会(2006年)

デービッドソン球審に猛抗議する王監督。まだMLBでもビデオ判定が導入される前であり、前代未聞の判定変更に「世紀の大誤審」との声も挙がった 【Photo by Stephen Dunn/Getty Images】

「野球がスタートした国で、こんなことがあってはならない」(王貞治監督)

 第2ラウンド初戦の米国戦。日本は同点の8回一死満塁で、岩村明憲が左翼へフライを打ち上げ、三塁走者・西岡剛が本塁生還して勝ち越したが、米国の遊撃手デレク・ジーターが「三塁走者の離塁が早い」とアピールプレー。塁審はセーフの判定だったが、その直後に米国のバック・マルティネス監督から再抗議を受けたボブ・デービッドソン球審が判定をアウトに覆した。

 前代未聞の判定変更に、王貞治監督は猛抗議したが認められず。これで試合の流れが変わり、その後にサヨナラ負けを喫した。世界中が注目している試合で不可解な判定が認められれば、WBCのブランドに傷がつく。米国にとっても決してプラスに作用しない。王監督は試合後に感情的になるのを抑え、警鐘を鳴らした。

第1ラウンド、第2ラウンドとも1点差で敗れた韓国に準決勝でリベンジ。イチローが牽引車となった日本は、その勢いを失わず決勝でキューバを下して頂点に 【写真は共同】

「向こう30年、日本にちょっと手は出せないみたいな、そんな感じで勝ちたい」(イチロー)

 アジアラウンド(第1ラウンド)前の記者会見で意気込みを口にしたイチローの言葉だが、特定の国を意識したわけではない。ところが曲解される形で発信されて、韓国内で「イチローが侮辱している」と批判が渦巻く事態に。この大会で韓国と3度対戦したが、イチローが打席に立つと相手側のスタンドからブーイングが起きた。

 日本は第1ラウンド、第2ラウンドと韓国に連敗したが、「3回同じチームに負けると、日本のプロ野球に大きな汚点を残すことになる」と、イチローが大きな覚悟で臨んだ準決勝で6-0と快勝。決勝はキューバを10-6で下し、初代王者に輝いた。

第2回大会(2009年)

それまで不調だったイチローが決勝で4安打の大爆発。延長10回には2点適時打を放ち、日本を大会連覇に導いた 【Photo by Rich Pilling/WBCI/MLB via Getty Images】

「ここで打ったら日本がものすごいことになるって、自分の中で実況しながら」(イチロー)

 この大会でイチローは、決勝を迎えるまで38打数8安打、打率.211と打撃不振に苦しんでいた。短期決戦であり、スタメンから外す選択肢が考えられたが、原辰徳監督は復調を信じ、1番で起用し続けた。

 第1ラウンドから韓国との対戦を繰り返し、決勝戦で5度目の顔合わせに。同点の延長10回二死二、三塁で、イチローが値千金の仕事を成し遂げる。相手守護神・林昌勇から8球粘った末に2点中前適時打。この一打が決勝打となり、日本が大会連覇を飾った。

 延長10回の打席に立った際の心境を聞かれ、冒頭のセリフが。この発言には続きがある。

「こういう時って結果が出ないんですけどね。そういう意味ではひとつ壁を越えた気がしました」

準決勝からクローザーに回ったダルビッシュは、9回に同点打を浴びて延長戦に持ち込まれたものの、10回を無失点で乗り切り胴上げ投手に 【Photo by Stephen Dunn/Getty Images】

「(藤川)球児さんはいい気持ちじゃないと思うんですけど、それでもこういう時はこうしたらいいよと教えてくれました」(ダルビッシュ有)

 22歳の若さで球界を代表する右腕となり、松坂大輔、岩隈久志とともに侍ジャパンで先発の柱を担ったダルビッシュ有だが、抑えを務めていた藤川球児が本来の状態ではなかったため、準決勝から抑えに配置転換された。プロ入り以来先発で投げ続けていただけに、不慣れな役割で大きな重圧が掛かったことは間違いない。

 決勝の韓国戦で1点リードの9回にマウンドに上がり、制球を乱して2四球の後に同点適時打を浴びたが、イチローが勝ち越し打を放った延長10回に続投して無失点で締めくくった。選手たちが喜びを爆発させるなか、支えてくれた藤川への感謝の思いを口にした。

第3回大会(2013年)

2番・井端への初球に鳥谷が果敢にスチール。アウトになれば試合終了という場面でこれを成功させ、日本に流れを呼び込んだ 【Photo by Koji Watanabe/Getty Images】

「それは全然考えなかった」(鳥谷敬)

 メジャーリーガーの出場辞退が相次ぎ、このWBCは初めてNPBの球団に所属する選手のみでチームを結成した。第1ラウンドから苦戦が続くなかで、最大の危機は第2ラウンド初戦の台湾戦だった。

 1点を追いかける9回に一死から鳥谷敬が四球で出塁すると、二死後にけん制を1球受けてから、初球に二盗を仕掛けて間一髪のタイミングでセーフに。打席の井端弘和はカウント2-2と追い込まれたが中前適時打を放ち、あと1球で試合終了の崖っぷちから同点に追いついた。

 試合は延長10回に中田翔の犠飛で勝ち越して、そのまま逃げ切る劇的な展開に。鳥谷は盗塁に失敗すれば試合終了だった場面について報道陣に聞かれると、冷静な表情でコメントした。

8回裏に1点を返して、なお一死一、二塁のチャンス。だがここで走塁ミスが出て、結果プエルトリコに敗れ3連覇の夢が潰えた 【写真は共同】

「僕のミスです」(内川聖一)

 準決勝のプエルトリコ戦で、非情な結末が待ち受けていた。

 3点ビハインドの8回に1点を返し、さらに一死一、二塁の好機で4番・阿部慎之助に打席が回った。一打同点、一発が出れば逆転の好機で2球目に重盗を試みたが、二塁走者の井端弘和は好スタートを切れなかったと判断して盗塁を断念。しかし、一塁走者の内川聖一は井端が三盗を決行したと思い、一目散に二塁に走った。井端の盗塁断念に気付いたのは、塁間を半分越えてからだった。二塁近くで立ちすくみ、ボールを持って走ってきた捕手のヤディアー・モリーナにタッチされた。

 チャンスが潰える形となり、1-3で敗れる結果に。内川は試合後に責任を背負い込んで号泣した。

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著者プロフィール

1980年4月10日、神奈川県横浜市生まれ。スポーツ新聞に勤務していた当時はDeNA、巨人、ヤクルト、西武の担当記者を歴任。現在はライター、アスリートのマネジメント業などの活動をしている。

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