“100年に1人の天才”村瀬心椛「猿みたいになりたい」 ジャッジに合わせない滑り貫く【独占インタビュー】
スロープスタイル「銅」が、次の4年に火をつけた
取材したのは、ビッグエアで頂点に立ってから少し時間が経ち、スロープスタイルの決勝が行われた翌日の現地時間2月19日。だからこそ、言葉の温度がそのまま伝わってきた。
ビッグエアで表彰台の中央に立ったとき、村瀬はまず「やっとかー」という感覚が先に来たと振り返る。そこから一気に、過去の苦しさが押し寄せた。怪我、しんどかった練習、支えてくれた人たちの顔――。全部がつながって、涙が止まらなかった。
「本当に出し切った」と言い切れる試合だったからこそ、悔いがなく、その分、感情があふれた。最後に残ったのは、両親への感謝だった。
「お父さん、お母さんありがとうって。家族が一番のスポンサーで……やっと恩返しできた試合でした」
一方で、スロープスタイルの銅メダルには、違う意味があった。
着地した瞬間は「(金メダルを)獲れた」と思った。村瀬は「銅だったからこそ、まだ諦めちゃいけないと思わされた」と言う。
「4年後にそこで獲れたら、本物のライダーだと思う。こんなんでクヨクヨしてる場合じゃないなって」
北京五輪のビッグエアでも銅メダルだった。あのときは「銅だとスノーボードの認知が広がりきらなかった」という悔しさも残っていた。今回は、スノーボード種目全体でメダルが増え、競技を見る人が増えた実感がある。その変化は素直にうれしい、とも話した。
回転数が上がって、ジャッジの“価値観”が変わった
スロープスタイルの結果をめぐって、村瀬は遠慮しつつも、はっきり違和感を口にした。「スロープスタイル銅メダルの悔しさを言葉にするなら?」と投げると、返ってきたのは率直な一言だった。
「ぶっちゃけ……『なんで?』って感じです(笑)」
全力で滑った。みんなも必死だった。その前提は崩さない。それでも、これまでのワールドカップ(W杯)では経験したことのない減点があったという。
村瀬は、採点の流れが「去年くらいから変わった」と見る。背景にあるのは、技の高回転化だ。
「そんなに回っていなくても、完璧に決めてたらいいよね、みたいな感覚になってきた」
回転数が上がり、日本人選手が表彰台に数多く乗るようになった。すると海外選手たちがジャッジに意見を言うようになったという。
「ただ、今回のオリンピックのジャッジは、ちょっと“やりすぎなんじゃないか”とも思いました」
特に気になったのはジブ(レール)セクションの減点だった。決勝後、村瀬は「そんなに引くかなぁ……」と納得しきれなかった。
その感覚は自分だけではなく、他の選手を見ていても同じだったという。スロープスタイル男子を含めても「点数を下げすぎじゃないか」と感じた場面があった。さらに、女子決勝では、低回転のジャンプでも「出しすぎ」と思うほど点が伸びるシーンもあった。
一つ一つの採点というより、振り幅の大きさが読めない。村瀬が抱えたのは、そこへの戸惑いだった。
それでも村瀬は「ジャッジに合わせにいかない」
「日本人がめちゃくちゃ回って高い点数が出るなら、僕たちは違うことやるよ、みたいな。形を変えてクオリティー重視にしていかないと、日本人が活躍しすぎてしまう、って」
選手側がジャッジに「採点の形を変えてほしい」と働き掛ける。こんな話はあまり聞いたことがない。
実際、今季の北京W杯でも話し合いがあった。コーチ抜きで、海外選手とジャッジが集まって意見を交わしたという。ジャッジ側が「選手の気持ちを聞きたい」と場を作った形だった。
流れが変わる中でも、村瀬は「ジャッジを気にしないタイプだった」と自己分析する。自分の滑りを出せば結果はついてくるし、「ジャッジは分かってくれる」と信じてきた。
採点に振り回されない。やりたい滑りを貫く。
このスタンスが、村瀬の強さの核にある。
高回転化が進む今、気持ちはどうなのか。楽しいのか、怖いのか。こう質問すると、村瀬は迷わず「怖い」が多いと答えた。
楽しい瞬間は、活躍できたとき。仲間とバックカントリーに行ったり、チームで遊びに出かけたりしたとき。ただ、ほぼ一年中大会を回る生活で、「辛い」「苦しい」と感じる時間の方が長いとも打ち明ける。