勝敗分けた「一つのミス」と、坂本花織が残した功績 町田樹がフィギュア女子FSを解説

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浅田真央さんらと同じ偉業を成し遂げた中井

中井亜美はSPとFSともに完璧なトリプルアクセルを2本揃えた 【写真は共同】

 そして最終滑走は、SP首位の中井選手でした。坂本選手もまたハイスコアを記録したことで、中井選手もメダルを狙おうと思えば一つのミスも許されないという状況で滑ることになりました。そのような状況の中で、冒頭のトリプルアクセルを見事に成功させます。GOEも1.71点がつくという完璧なジャンプです。

 SPの解説でも述べましたが、今大会に至るまで、中井選手のトリプルアクセルの成功率は決して高くはありませんでした。それがこの大舞台で、SPとFSともに完璧なトリプルアクセルを2本揃えたことは、極めて価値のあることです。これは日本の女子選手として、バンクーバー五輪の浅田真央さん、北京五輪の樋口新葉選手に続く偉業であり、称賛に値します。

 しかし、3つ目のジャンプで3回転ルッツ+3回転トウループのコンビネーションのセカンドジャンプが空中で解けて2回転になるという、誰の目にも明らかなミスを犯してしまいました。その他にも、後半の二つのジャンプで軽微な回転不足判定を受けるなど、ジャンプの正確性を若干欠いてしまっています。こうしたことが影響し、FSのスコアは9位と失速しましたが、SPで築いた大きなリードのおかげで、銅メダルに踏みとどまることができました。

 ちなみにFSの9位という成績だけ見ると相当失速した感がありますが、そのようなことはありません。実はFSもまたトップ10の選手が大健闘し、接戦を繰り広げたので、FSの成績5位の選手から9位の中井選手に至るまでの点差は、なんとわずか1点のみとなっています。こうして5名の選手がおよそ1点以内にひしめくという異様な接戦模様となっているため、中井選手のFSの成績だけ見ると過度に低く見えてしまうかもしれませんが、140.45点というスコアは十分トップの選手に肉薄していると言えます。

 兎にも角にもシニアデビューのシーズンで初の五輪出場を果たし、その大舞台でトリプルアクセルという大技をSPとFSの両方で成功させ、なおかつ銅メダルを獲得したことは偉業であることに間違いありません。彼女にとっても今後のさらなる飛躍につながる、かけがえのない五輪となったことでしょう。

坂本が切り拓いた女子シングルの新たな地平

坂本が切り拓いた新たな地平。次世代のスケーターたちが受け継ぎ発展させていく 【写真は共同】

 最後に、今大会を通じて見えた女子シングルの未来と、坂本花織というスケーターが残した功績について触れたいと思います。ロシア選手が国際大会から除外されて以降、女子シングルの4回転ジャンプ競争は鳴りを潜めました。この状況を「停滞」と揶揄する声も聞かれますが、私はそうは思いません。女子シングルは、明らかに「別の方向への進化」を遂げているのです。

 その進化を誰よりも体現しているのが、坂本選手です。プログラムの最初から最後までスピードを一切落とさず、その流れを途切らせることなくジャンプやステップといった技につなげるスケーティング技術は、唯一無二の領域に達しています。スピードが出た状態で技に入ることは、車の運転に例えるなら、時速30キロでカーブを曲がるのと時速100キロで曲がるくらい、難易度が飛躍的に上がります。それを高い精度で実行できるのは、彼女が血の滲むような訓練で作り上げた強靭な身体と技術があるからです。

 これまでの解説でも何度か述べていますが、近年のジャッジの傾向は、まさにこの「スケーティングの推進力」と「それを技に直結させる能力」を最も高く評価しています。そして、このムーブメントを作り出した原点にいるのが、ほかでもない坂本選手だと私は考えています。彼女は、フィギュアスケートにおける新たなワールドスタンダードを創造し、一つの時代の流れを作りました。

 彼女は今後、指導者の道へと進むようですが、坂本花織というスケーターが、フィギュアスケートの歴史に燦然と輝く存在となったことは間違いありません。彼女が切り拓いた新たな地平を、次世代のスケーターたちがどのように受け継ぎ、発展させていくのか。その未来に、私は大きな期待を寄せています。

(取材・文:大橋護良/スポーツナビ)

町田樹(まちだ・たつき)

【(C)Yazuka WADA】

1990年生まれ。スポーツ科学研究者、國學院大學人間開発学部准教授。2020年3月、博士(スポーツ科学/早稲田大学)を取得。専門はスポーツ文化論、身体芸術論、スポーツ&アーツマネジメント、知的財産法。主著に『アーティスティックスポーツ研究序説』(白水社、2020年、令和2年度日本体育・スポーツ経営学会賞)、『若きアスリートへの手紙』(山と渓谷社、2022年)。第33回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、第16回(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞など、著述活動に関して数多くの受賞歴がある。
かつてフィギュアスケート競技者としても活動し、2014年ソチ五輪個人戦と団体戦ともに5位入賞、同年の世界選手権では銀メダルに輝いた。現在はその経験を活かし、研究者の傍らで振付家やスポーツ解説者としても活動している。近著に『スポーツ・クリティーク』(世界思想社、2026年)。

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