勝敗分けた「一つのミス」と、坂本花織が残した功績 町田樹がフィギュア女子FSを解説
一つのミスも許されない、トップ4の熾烈な争い
戦いの口火を切ったのは、日本の千葉選手でした。彼女が選んだプログラムは『ロミオとジュリエット』。物語の舞台であるイタリアのヴェローナが、今大会の閉会式開催地であることから、まさしくこの五輪を見据えて準備してきた作品と言えます。
直前の四大陸選手権ではジャンプの回転不足に苦しみ、3位という不本意な成績に終わっていたため、本人も不安で仕方がなかったはずです。しかし、その逆境から見事に立ち直り、ほぼミスのない演技を披露しました。イタリアの地でこの作品を成就させたことには、大きな価値があったと思います。五輪初出場で4位という成績は素晴らしく、彼女は自分のやるべきことを120%出し切れたのではないでしょうか。
金メダルを獲得したアリサ・リュウの「特殊能力」
プロトコル上、3回転フリップに「アテンション」(ルッツやフリップの踏み切り時に、エッジがインかアウトか不明瞭と判定されること)の判定はつきましたが、出来栄え点(GOE)ではマイナス評価のないクリーンな演技でした。この土壇場での強さこそが、彼女を金メダルへと導いた最大の要因です。
称賛されるべき坂本の「攻める姿勢」
しかし、この構成は彼女の「攻めの姿勢」の表れであったことを強調しなければなりません。後半のジャンプは基礎点が1.1倍になるため、あえて高難度のコンビネーションを後半に配置することで高得点を狙ったのです。先に説明しておくと、坂本選手は序盤に3回転フリップを跳んでいます。そのため規定上、後半に3回転フリップを入れるなら、ここはコンビネーションにする必要があります。つまりこれが成功すれば得点が10%増しになる一方、失敗すれば単独の3回転フリップを二度跳ぶことになり、リピート(コンビネーションにすべきジャンプであったにもかかわらず、それができなかったときに下されるマイナス要素)と判定され、基礎点が30%も削られるという、極めてリスキーな挑戦となるのです。
とはいえ、坂本選手が最大限に攻めた結果のミスであり、その姿勢は高く評価されるべきだと私は考えます。
多くの人の記憶に残るプログラム
第2パートは、放送で解説されていた鈴木明子さんが現役ラストシーズンに滑っていた『愛の賛歌』です。坂本選手は鈴木さんの演技に憧れて、この楽曲を選択したと言われています。これは「あなたが愛してくれるのなら、この世界がどうなろうが構わない」という愛への強い意志を歌っているシャンソンです。この第2パートが坂本選手にとっては、おそらく一番思い入れがある楽曲です。
そしてクライマックスの第3パートでは、『水に流して』という「過去を振り払って今を謳歌するのだ」という気持ちを歌っている楽曲を表現しています。こうした楽曲構成に鑑みると、坂本選手にとってこのFSは、これまでのスケーターとしてのキャリアを慈しみながら、今この瞬間の舞台を最大限謳歌する、という意味が込められているように私には思えるのです。
今季限りで坂本選手は引退する意向を示していますが、その集大成にふさわしい素晴らしい人生讃歌のプログラムを、この五輪の舞台でも世界随一のスケーティングスキルを駆使して、見事に歌い上げていただきました。目標にしていた金メダルにはあと一歩のところで届かず、悔しい思いをされているかもしれませんが、その演技は多くの人々によって語り継がれ、何度でも鑑賞されるべき素晴らしいものでした。私はそのような坂本選手の演技に対して、惜しみなくスタンディングオベーションを贈りたいと思います。