勝敗分けた「一つのミス」と、坂本花織が残した功績 町田樹がフィギュア女子FSを解説

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一つのミスも許されない、トップ4の熾烈な争い

『ロミオとジュリエット』を美しく成就させた千葉百音 【写真は共同】

 そして、物語は最終グループ、トップ4によるメダル争いへと移ります。ここから始まったのは、前の滑走者の「好演」が次の滑走者に極限のプレッシャーを与えるという、連鎖的な緊張感に満ちた死闘でした。

 戦いの口火を切ったのは、日本の千葉選手でした。彼女が選んだプログラムは『ロミオとジュリエット』。物語の舞台であるイタリアのヴェローナが、今大会の閉会式開催地であることから、まさしくこの五輪を見据えて準備してきた作品と言えます。

 直前の四大陸選手権ではジャンプの回転不足に苦しみ、3位という不本意な成績に終わっていたため、本人も不安で仕方がなかったはずです。しかし、その逆境から見事に立ち直り、ほぼミスのない演技を披露しました。イタリアの地でこの作品を成就させたことには、大きな価値があったと思います。五輪初出場で4位という成績は素晴らしく、彼女は自分のやるべきことを120%出し切れたのではないでしょうか。

金メダルを獲得したアリサ・リュウの「特殊能力」

どんな状況でも自分のやるべきことを100%遂行したアリサ・リュウがトップに 【写真は共同】

 千葉選手のこの好演が、次に滑るアリサ・リュウ選手に重圧をかけます。SP終了時点で4位千葉選手との点差はわずか2.59点。千葉選手のスコアを見て、リュウ選手は「1つのミスが命取りになる」状況に追い込まれました。その中で、彼女はほぼ完全な演技を果たしました。昨年の世界選手権やグランプリファイナルを制した際にも見せた、どんな状況でも自分のやるべきことを100%遂行できる能力は、もはや「特殊な能力」と呼んでも過言ではないでしょう。

 プロトコル上、3回転フリップに「アテンション」(ルッツやフリップの踏み切り時に、エッジがインかアウトか不明瞭と判定されること)の判定はつきましたが、出来栄え点(GOE)ではマイナス評価のないクリーンな演技でした。この土壇場での強さこそが、彼女を金メダルへと導いた最大の要因です。

称賛されるべき坂本の「攻める姿勢」

一つのミスも許されない状況で最大限に攻めた坂本花織 【写真は共同】

 リュウ選手の完璧な演技は、次に滑る坂本選手に、さらなるプレッシャーとなってのしかかります。二人のSPでの点差は1点未満。坂本選手もまた、一つのミスも許されない状況でした。序盤は素晴らしい滑り出しでしたが、勝敗を分けたのはプログラム後半の3回転フリップでした。ここでコンビネーションジャンプにできなかったという一つのミスが、銀メダルとなった最大の要因です。

 しかし、この構成は彼女の「攻めの姿勢」の表れであったことを強調しなければなりません。後半のジャンプは基礎点が1.1倍になるため、あえて高難度のコンビネーションを後半に配置することで高得点を狙ったのです。先に説明しておくと、坂本選手は序盤に3回転フリップを跳んでいます。そのため規定上、後半に3回転フリップを入れるなら、ここはコンビネーションにする必要があります。つまりこれが成功すれば得点が10%増しになる一方、失敗すれば単独の3回転フリップを二度跳ぶことになり、リピート(コンビネーションにすべきジャンプであったにもかかわらず、それができなかったときに下されるマイナス要素)と判定され、基礎点が30%も削られるという、極めてリスキーな挑戦となるのです。

 とはいえ、坂本選手が最大限に攻めた結果のミスであり、その姿勢は高く評価されるべきだと私は考えます。

多くの人の記憶に残るプログラム

演技後の坂本。目にはあふれるものが…… 【写真は共同】

 そして坂本選手のフリープログラム『エディット・ピアフ・メドレー』は、彼女のスケート人生そのものを表現する「人生賛歌」のような作品だと感じました。第1パートはインストルメンタルではありますが、『バラ色の人生』というシャンソンの楽曲が用いられています。「私のために彼がいて、彼のために私がいる。彼を見かけるとすぐに私は胸の高鳴りを感じる」という、愛をテーマにした楽曲です。

 第2パートは、放送で解説されていた鈴木明子さんが現役ラストシーズンに滑っていた『愛の賛歌』です。坂本選手は鈴木さんの演技に憧れて、この楽曲を選択したと言われています。これは「あなたが愛してくれるのなら、この世界がどうなろうが構わない」という愛への強い意志を歌っているシャンソンです。この第2パートが坂本選手にとっては、おそらく一番思い入れがある楽曲です。

 そしてクライマックスの第3パートでは、『水に流して』という「過去を振り払って今を謳歌するのだ」という気持ちを歌っている楽曲を表現しています。こうした楽曲構成に鑑みると、坂本選手にとってこのFSは、これまでのスケーターとしてのキャリアを慈しみながら、今この瞬間の舞台を最大限謳歌する、という意味が込められているように私には思えるのです。

 今季限りで坂本選手は引退する意向を示していますが、その集大成にふさわしい素晴らしい人生讃歌のプログラムを、この五輪の舞台でも世界随一のスケーティングスキルを駆使して、見事に歌い上げていただきました。目標にしていた金メダルにはあと一歩のところで届かず、悔しい思いをされているかもしれませんが、その演技は多くの人々によって語り継がれ、何度でも鑑賞されるべき素晴らしいものでした。私はそのような坂本選手の演技に対して、惜しみなくスタンディングオベーションを贈りたいと思います。

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