勝敗分けた「一つのミス」と、坂本花織が残した功績 町田樹がフィギュア女子FSを解説
SP2位だった坂本は、後半のコンビネーションが単独ジャンプになるミスが出て、悲願の金メダル獲得はならず。それでも2大会連続の表彰台入りと、日本女子のエースとして大きな存在感を見せた。200点超えの選手が13名と、極めてハイレベルだった女子FSをソチ五輪の男子シングル5位入賞、現在は國學院大學准教授を務め、今大会の団体戦から男子シングルまでを現地ミラノで解説した町田樹さんに分析してもらった。
真の実力が試されるフリーという「鏡」
まず前提として理解すべきは、FSという種目の本質的な過酷さです。男子シングル、女子シングル、ペア、アイスダンスのすべてのカテゴリーにおいて、FS(あるいはフリーダンス)は、その選手の「真の実力」が試される場であると私は考えています。それは、今の自分の真の姿を映し出す「鏡」のようなものと言えるでしょう。
なぜなら、FSはSPに比べて演技時間が長く、要素も多いため、体力的に極めて厳しいからです。SPは時間が短いため、体力的な消耗が演技の質を左右することはほとんど考えられず、多くの選手がミスなく演技をまとめられます。しかし、FSはそうはいきません。演技時間が長く、エレメンツも多い中で、高いパフォーマンスを維持するには、強靭なフィジカルとメンタルに裏付けられた絶対的な自信が必要不可欠です。
その結果、FSではSPよりもミスなく演技をまとめ、かつスピンやステップで最高評価であるレベル4をすべて揃える(オールレベル4)ことが格段に難しくなります。今大会のプロトコルを見ても、SPでは41%の選手がオールレベル4を獲得していましたが、FSでそれを達成できた選手の割合は33%まで下がります。ジャンプにミスがなかった選手に至っては、片手で指折り数えるほどしかいません。
一方で、大会全体のレベルは着実に底上げされています。今大会では13位までの選手が合計200点を超えるスコアを記録しました。これは、北京五輪(10位まで)や平昌五輪(6位まで)と比較しても最多であり、競技レベルが年々高まっていることの証左です。このハイレベルな戦いの頂点に立ったトップ4の攻防は、まさに息をのむ展開でした。
逆境を乗り越えた「起死回生」の演技
彼女が見せたFSの演技は、まさに「起死回生の演技」と呼ぶにふさわしいものでした。SPで最後の3回転ループが2回転になるという致命的なミス(規定違反で0点)を犯してしまった演技後の彼女の様子は、精神的に打ちのめされているようで心配していたのですが、そこから見事に立ち直りました。
FSでは完璧なトリプルアクセルを成功させただけでなく、他のミスを最小限に食い止め、攻め切るマインドとそれを形にする高い技術力を見せつけました。特筆すべきは、SPとFSの両方でトリプルアクセルを成功させたことです。これはアメリカのフィギュアスケート界において、五輪史上初の快挙となります。
さらに、彼女は競技場外でもさまざまな困難と向き合いながら、この大舞台に立っていました。グレン選手は、性的マイノリティの当事者として、その人権尊重を訴え続けています。スポーツ社会学者の山本敦久氏は、人権を主題とする政治的主張などを行い、既存の支配関係(例えば、異性愛者優位/LGBTQ劣位の関係など)や性的マイノリティーの方々に向けられたステレオタイプを組み替えることに貢献しているスポーツ選手を「ソーシャルなアスリート」と称していますが、グレン選手もその一人だと言えるでしょう。
ただ、そうしたソーシャルなアスリートは昨今逆風にさらされる傾向にあります。ミラノ・コルティナ五輪の大会期間中も、グレン選手をはじめ、人権尊重を訴えたアスリートがSNS上で誹謗中傷の標的にされてしまっていましたし、そもそも現在のアメリカのトランプ政権はそうした性的マイノリティの方々には厳しい態度を取っています。その中で「私は黙らない。言うべきことは言う」と、彼女は意思を明確にしています。
「ソーシャルなアスリート」は欧米において徐々に増えていて、グレン選手は代表的な存在です。競技場の中と外で直面したこうした厳しい逆風は、演技に影響を及ぼした部分もあったかもしれませんが、彼女は最後まで戦い抜きました。その姿勢に対し、私は最大限の賛辞と敬意を表したいと思います。
やや疑問が残ったペトロシアン陣営の戦略
それでも、その後の演技をまとめ上げてパーソナルベストを更新し、6位入賞を果たしたことは、シニアの主要国際大会が2戦目という経験の浅さを考えれば、彼女の底力を示したと言えるでしょう。
ただ、戦略にはやや疑問が残ります。成功実績のあるトリプルアクセルを封印し、一度も成功させていない4回転トウループに挑んだ采配は、私にはあまり合理的に映りませんでした。もしかしたらトリプルアクセルの調子が芳しくなかったのかもしれませんが、なぜそのような戦略を取ったのか、本人や陣営に聞いてみたいところです。